またまた私が言いたかった事を代わりにうまく書いてくれていた記事を見つけたので、転載させていただきます。
もっと あの世に聞いた、この世の仕組み より
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/845b90c5520580322ba7170835b88fdc?fm=rss
こういうことって、ないですか?
たとえば、何か欲しいものがあったとして。
パソコンとか、洋服とか、雑貨とか、なんでもいいです。
その欲しいものを手に入れるために、バイトしたり、情報収集したり、比較検討したり。
色々な苦労や我慢を乗り越えて、ついに、その欲しかったものが買えました。
で、買った途端に、なぜだか急に醒めちゃって。
買ったけど、結局あんまり使わないとか、いつの間にか興味がなくなっちゃったりとか。
持ってなかったときは、すごく欲しかったはずなのに、
いざ手に入れてしまうと、あれれ?って感じで、
あまり大切にしていない。
振り返って見ると、
「手に入れた後の味わい」よりも、
「手に入れるまでの過程」の方が、
断然ワクワクして、ドキドキしてた。
そんな経験って、ないですか?
これって、「プロセス」を求めていたのかな。
それとも、「結果」を求めていたのかな。
その時、「どちらを求めているのか」という、自覚があったかな。
思い違いをしていたのかな。
今一度、自分が欲しているものを確認してみよう。
お金 が 欲しいの?
車 が 欲しいの?
パートナー が 欲しいの?
美貌 が 欲しいの?
地位 が 欲しいの?
才能 が 欲しいの?
体験 が 欲しいの?
多分、ちがうんじゃないかな。
本当は、それを手にしたことによって得られるであろうと想定している、
「その先にある幸せ」のために、
その対象を求めてたんじゃないかな。
だとしたら、
本当に欲しかったのは、
お金でも、車でも、パートナーでも、美貌でも、地位でも、才能でも、体験でもなかったことになる。
それらは全部「結果」ではなく、
その先にあるものを掴むまでの「プロセス」ということになる。
努力や我慢などといった沢山のプロセスを経て得たのは、
やっぱり「プロセス」だったんだ。
必死に、がむしゃらになる前に、
一度再確認してみてもいいんじゃないかな。
だって、自分が本当に望んでいるものが何なのかわからないまま
本当はそうじゃないものを「本当に望んでいるもの」だと勘違いしたまま追いかけても、
それが成就したとしても、望みは叶わないのだから。
もっと深く、自分が求めているものを探ってみよう。
私はいま、一体何を求めているんだろう。
なぜ、それを求めているんだろう。
表層的な望みではなく、心の奥で本当に望んでいるものはなんだろう。
お金をお日様に透かして見たら、そこに「幸せ」を発見できるかな?
車を分解していったら、そこに「幸せ」という部品はあるのかな?
パートナーを解剖したら、そこに「幸せ」という部位を見つけられるかな?
違うよね(笑)。
僕たちは、それが存在していないところに、
それがあると思い込んで、
それを求めて探していたんだ。
その思い込みの一つ一つが、目の中にある鱗なんだ。
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