法や道徳の個人の基準そのものが個人のアイデンティティを構成しているのではないかとふいに考えた。
・赤信号だが、深夜だし車も通ってない。渡るかどうか?気になるかどうか? 注意するかどうか?
・タバコやゴミのポイ捨て。するかどうか?気になるかどうか? 注意するかどうか?
・法律違反ではないが下品な行いをするか?気になるかどうか? 注意するかどうか?
・自分の主張が正しければ、怒鳴ったりしてもいいかどうか?気になるかどうか? 注意するかどうか?
・行列に割り込んでもいいかどうか?気になるかどうか? 注意するかどうか?
・人が見ている所、見ていない所で、行動が変わるかどうか? などなど
それが個人を示しているような気がする。
万引きや、借金を返さないんなどは、れっきとした犯罪だが
今の社会のシステムが悪いような気がする。
高齢者の万引きは、アイデンティティの崩壊を示しているような気がする。
そういう犯罪は、取り締まるだけではなく、そういう人間を減らす社会のシステムを作る方が
重要じゃないか。
偏った貸し借りのない世の中。
簡単に万引きできないような販売形態。
どうしてそういう事をする人間がいるのかを考えて、そういう人間を増やさない努力。
そっちの方が大事だろう。
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