人間には、みんなそれぞれ好みがある。
韓流大好きとか、嫌韓流とか。
巨人大好きとか、アンチ巨人とか。
キムタク大好きとか、キムタク☆キモスとか。
私は市原隼人とか、個人的には好感が持てる俳優なんだが、それでも
『気張り過ぎてキモイ。いつもウンコ漏らしそうな顔してるw』なんて意見の人もいる。
わたしはチャングンソクとか、どうしてあんなキモいやつをアップでCMで流すのか、どうしてもやめていただきたいと思うのだが
『うわー、かっこいい。萌えー。』って人もいるのだろう。
パフュームも、全員、天ボケそうで、CM見てるだけでちょっとキモって思ってしまうのですが
売れている訳だし 『かわいいなー』って思う人もいるとは思う。
重盛さと美とか、小倉優子とかも、その最たる例になりうるんじゃないかな?
アホな女の子が好きな男って結構多いけど、そういうのを見ると虫唾が走るって女の子も多い。
最近でこそ、そういうアホな女の子がすきな女の子も増えてきたが。
どこから、その違いが生まれてくるんだろうか?
生まれながらにして、何も意識しない赤ちゃんの時でも、ピンクのタオルを好むとか
この哺乳瓶の乳首を好むとか、そういうのがあるので、先天性的にDNAに刻まれた情報による好き嫌いだってあるとは思うが、多くは、生まれてきて育ってきた環境に因る事が多いのではないかと思う。
その、好き嫌いって、ほんのわずかな環境の違いで生まれて、本当はその根本は、それほど違いがないと思う。
なのに、『好き』 『嫌い』 という最終結論を出してしまった事によって
その人達は対立する。
自分の好きな人や物を、嫌いだと言われたり、バカにされると、やはり人間心理として、ムカつく。
嫌いな事なんて、言わなければいいんだけど、やっぱり、好きって気持ちと同じくらい、嫌いって気持ちも大きくて、つい言いたいという気持ちが働くのだろう。
私が嫌いだなーって思う有名人は
石橋貴明とか、デリカシーのないしゃべり方をする人が嫌いだ。
だから、故・島田紳助とか、マツコデラックス、チュートリアル福田充徳なんかは好きではない。
キムタク、嵐、チャングンソクの顔アップのCMだけは、どうしてもキモすぎて、チャンネルを変えるか、TVから目を背けてしまう。
嫌いと発する事は、好きと発する事と、当人にとっては何ら変わりがない。
しかし、そのターゲットを好きな人間にとっては、バカにされたと思い、その言葉を発する人間を憎み、嫌い、その人間性までも否定したくなるものだと思う。
そこから、紛争が勃発する。
本当は、そんな事で、あらそう必要がない人間どうしが、いがみあう。
まるで、中国、朝鮮問題のようだ。
好き、嫌いという判断は、最初はほんの小さなきっかけだと思うのに、それが大惨事を招く。
戦争にもなり兼ねない。
そうならない為にはどうすればいいのか?
好きと嫌いという意見の人たちが、感情的にならずに
『あー、だから好きなのか』
『あー、だから嫌いなのか』
『お互い趣味は違うけど、色んな人がいて、色んな話は聞けてよかった』
と、話ができれば、問題がないのではかなろうか。
ただ、どうしても、アンチ派とか、嫌○○派は、過激で、好きとか推進派を馬鹿にする傾向にあるので、難しい。
やっぱり、人間という生き物は
”好き好きパワー”よりも
”嫌い嫌いパワー”
の方が大きいのだろう。
世界平和とか、暴力のない世界とか、そういう思想の人は、戦争とか暴力を憎んだり、恨んだり、嫌ったりするのではなく、こういう事に興味を持つべきだと思う。
憎む、嫌う、恨むなんて心が、一番、暴力や戦争を生むと思う。
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