人間には知能がある。
そして、面白い事に、自分が親しいと感じた人間には、自分と同じ苦労をさせたくない、また、楽をさせたいと思う感情が働き、自分の経験を相手に情報として与えようとする。
親が、子どもが将来、苦労しないように、勉強させたりするのも、その感情からだろう。
世の中には、『大きなお世話』 という言葉がある。
親切心で、先駆者、人生の先輩が、苦労しない道を教えてくれても、それがウザいと言う事だ。
自分でその難しい道を、迷う事が楽しかったり、ダメでもまずは自分1人でやってもみたかったりするもんだ。
時代の流れ、流行り廃りもあるし、誰かに教えを乞うよりも、良い結果が得られる事だってありうる。
昔ながらというのも、良いが、それだけでは、今の世に取り残される。
取り残されるのが、悪い事かどうかという議論もあるので、これは生き様としか言いようがないと思うが。
この新旧の確執は、イスラム教とキリスト教の確執にも似ている。
嫁姑問題にも似ている。
経験者は、良かれと思い、アドバイスをする。
しかし、それはその経験者にとって良かった道であるので、指導を受ける側にとっては必ずしも良いとは言えない。
だから
『知った風な事を言うな』
と思うのだろう。
他にも
『知った風な事を言うな』
と、いうスチュエーションはある。
それは、男女間のトラブルだ。
男が、女性の気持ちを迂闊に語るとこういう目に合う。
男性は、女性に 『知ったような事を言わない』 のが賢明だ。笑
だが、言われた方も100歩譲って相手の意見を聞く耳があれば、良い方向に進む可能性は高いと思う。
当然、『知った風な事を言っている人間』の全員が絶対に正しいとは限らないが、経験者の意見というものは、統計的に確立が高いとは思う。
1人の意見なら、たまたま特殊である可能性もあるが、多くの経験者からの意見というのは、かなりの高確率で、そうなる可能性が高いだろう。
ただ、やっぱり最終的には自分の生き様なので、人生の無駄を楽しむというのも、最高の贅沢だと思うし、孤独であっても、最高の思想を叩き出すというのも、また一興だと思うが。
独自性というのは、孤独にもなり、興味の対象にもなり、非難に対象にもなり、成功の材料にもなり、失敗の材料にもなる。
大変な諸刃の刃であるが、これを磨くという事が私は大好きだ。
むしろ、俗世間との接点を絶ってまでも、磨きたいスキルである。
『知った風な事を言うな』
そんな事言わないで、私の持論を聞いて下さい!笑
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