無期停学の話。
ある日、私と、福岡を含む友人数名、後輩数名と学校から帰っていた時の話だ。
橋を渡っていると、むこうから激しい格好の中学生が自転車に乗って来るではないか。
中学生は5人くらいだ。短ランはボタンが2個くらいしかなく、チョッキ状態になっているが、ズボンのハイウエストが長すぎて腹は見えていない感じで、超ヒラヒラのドカンを吐いて、髪の毛はBUCK−TICK状態だ。
私は『おおお、すげー!』と言って笑って通り過ぎたのだが。
その時、福岡が私に、こういった。
『ますらお、おんしゃもショボイにゃー、あんなガキになめられて。あいつら、お前に超ガンとばしよったぞ!』
私はこう返した。
『おいおい、中学生にムキになるなや。』
福岡はしつこく、こう続けた。
『あははははは、ますらお、ビビッちゅう!』
流石に、この言葉にはカチンときた。
私は、福岡の腕をつかんで
『お前、たいがいにしちょけよ!』 そう言った。
すると福岡は
『矛先がちがうろ?俺じゃないろ?あのガキらやろ?』 と言った。
この会話の声が大きかったらしく、中学生らは、Uターンして戻ってきた。
中学生にしたら、進学校のおぼっちゃんにナメられたのがシャクにさわったのだろう。
中学生は私に、こういった。
『こら、お前、ナメちゅうがか?』
私は、イライラしていたので、かなりすごんだ顔をして、相手の肩に腕をまわして、こうかえした。
『おい、俺が何でお前の汚い顔をナメんといかんがな?中学生は早う家に帰ってファミコンでもしよれ、タコが。』
そいつらは、不服そうな顔満点だったが、帰っていった。
福岡は『しょぼいのぉ、ガキらは』などとまだ息巻いている。
私は『お前のせいぞ、いい加減にせぇや』などと言った。
しかし、ここでは終わらなかった。
中学生らは、しっぽを巻いて逃げて訳ではなかった。
学校のすぐ近くだったので、学校まで助っ人を呼びにいっていたのだ。
おそらくその学年で一番偉いと思われるガキとその軍団が襲撃にきたのだ。
私は咄嗟にヤヴァいと思った。
何がヤヴァいかというと、一緒にいた福岡以外の人間は真面目な人間だ、こんな事に巻き込まれるのはかわいそうだと思った。
私言った。
『お前ら逃げろ!』
蜘蛛の子を散らしたように逃げる後輩達、それを散り散りに追う中学生。
私に向かってきた中学生はとりあえず、押さえつけて川辺に連れていった。
この状況ではどうしようもないので主犯格の名前を聞き出して、そいつを後で探そうと思ったのだ。
主犯格の名前は聞き出した。伊勢田とかいう名前だった。
しかし私が押さえていた中学生はみんな逃げてしまった。
このモメゴトで、私は勢いよく掴みはしたが、殴ってはいない。
さすがに高校2年にもなって中学生を殴ろうとは思わなかったからだ。
しかし、まずは、全員の安否が心配だった。
私の家は、学校から遠いので、友達の家にいった。
携帯電話がある時代じゃないので、個々の連絡を取るのは簡単じゃない。
そこで名簿をみて、その場にいた人間の家に電話をした。
夜になったが、福岡ともう1人の同級生サンチャンの消息が取れなかった。
私はもう一度、現場に戻って探したが、見つからなかったので、その日は家に帰った。
次の日、学校に行ってみると、朝から授業を受けさせてくれなかった。
すでにこの事件の事を全教師が知っていたのだ。
朝から生徒部室に呼び出さた。
生徒部室という所は、主に悪い事をした生徒が呼び出される特別な部屋だ。
そこには、教師の中でもコワモテの教師や、マッチョな体育教師ばかり揃えられていて、朝から尋問を受けた。
私の為だけに5人も6人もがご苦労な事だと思った。
私は、何かを言って私以外の誰かが損をするのが嫌だったので
『手は出していません』、『僕1人でした』
を繰り返した。
状況はこうだった。
みんなが散り散りに逃げた時に、後輩数名と福岡とサンチャンが相手の主犯格の伊勢田に捕まって、家に連れて行かれたそうだ。
後輩らは逃がしてもらったそうだが、この2名は監禁されて
『あのパーマの金髪野郎を呼び出せ!』と脅され伊勢田に殴られたそうだ。
パーマの金髪野郎とは私の事だ。
だが当時は、携帯電話なんかない。ましてや友達の家電など暗記している訳がない。
しかも私の家は、事件場所から20キロは離れている。
車やバイクを持っていない人間の機動力では、呼び出しようなどない。
だから、しばらく監禁されたのだそうだ。
そんな時にサンチャンは相手の隙を見て逃げ出した。
そして通行人Aに『助けて下さい!』と助けを願ったのだ。
運というのはこういう時に左右される。
その通行人Aさんは、ウチの学校の教師の親戚だった。
瞬く間に、この事件は教師の間で吟味される事となった。
学校で私は福岡に会ったので、こう言った。
『元はといえば、お前が悪いがやけど、大丈夫やったか?怪我せんかったかや?』
福岡は私に、こう返した。
『おう、殴られたけど、痛うなかったわ。なんぼ温和な俺でも、後1発殴られたら、全員ブチ殺しちゃろうと思うたけどにゃー』
私は、こう言った。
『すまんかったにゃー』
流石に、調子ノリの福岡でも中学生にイジめられたら腹たつわな。
そう思って、悪い事をしたなと思ったが
やっぱり元はと言えば原因を作ったのは、福岡自身じゃないかと思い直した。
私は、学生服を教師に身ぐるみ脱がされて、チンチクリンの標準型学生服を渡されて、それに着替えさせられた。
何が起こるのかと思ったら、相手の学校に謝罪に行くとの事。
向こうの中学校にいくと、伊勢田を始め、その取り巻きも職員室に呼び出しされていた。
こっちは、みっともない標準型学生服を無理に着せられている。
中学生は派手な髪型、派手な学生服で椅子に偉そうに座っている。
相手の第一声はこうだった。
『こいつや、こいつ!! こいつが俺ら何もしてないのに、いきなり殴りかかってきた!!』
私は
『こら、俺は一切、手出してないろうがや、殺すぞアホォ!』と言った。
その言葉を聞いたウチの学校の教師は、私の頭を殴った。
そして頭を無理やり下げさせて、『どうも迷惑をおかけしてすみませんでした。』
そういった。
まあ、最初から自分の言う事を信じてもらおうだなんて、教師に期待した事はないのでいいのだが、かなりイラついた。
また学校に戻って、尋問の続きだ。
教師ってのは同じ事ばかり質問してくる。
私はこういった。
『名前があがった福岡、サンチャン、他後輩は、たまたま、近くにいたから巻き添えを食った』
『あと俺は、絶対に手は出してない』 と。
教師は『手を出してないのに、こんな喧嘩になるか!』といって取り合ってくれない。
この尋問は4日間続いた。
いい加減、授業をうけさせてくれ。
普段は授業など受けたくもないと思っていたが、こうなると、どうも授業が恋しい。
あまりにも同じ質問ばかりするし、最初は反省していたのだが、段々ハラがたってきた。
私は4日目にとうとう根をあげてしまった。
教師のこの言葉にキレてしまったのだ
『お前、そんな嘘をついても、自分が空しくなるだけぞ。』
机を蹴飛ばし、椅子を教師に投げつけて、胸ぐらをつかみながら
『俺を悪モンにしたいがやろうが、おお俺は悪モンよや、全部お前らの言う通りよや、これで文句あるか?お前ら全員、100回ばぁ死ね!』などと悪態をついてしまったのだ。
私が胸ぐらをつかんで文句を言った先生の名前は、元吉(もとよし)先生。あだ名はガンキチ。
マフィアっぽい風貌で生徒からは恐れられていた。
その場には、元吉先生(ガンキチ)、間谷(まだに)先生、酒井先生(マン)、国見先生、など、当時の生徒なら誰しもが恐怖を覚えるようなメンツが揃っている、前での暴挙だった。
全員に押さえつけられて、羽交い絞めにされた。
今考えてみれば、これはたぶん教師の作戦勝ちといった所なのだろう。
持久戦が功を奏したという事だ。
素行が悪く、服装も派手なのに、悪事が一切暴かれない私だったので、教師がこの事件で一気に貶めてやろうという気迫がすごかった。はやく厄介払いがしたかったに違いない。
結果、手をだしていない喧嘩で、無期停学をくらった。
無期とはいえ、30日程度で終わったのではあるが。
その間の家からの外出も禁止されていたので、かなりの苦痛だった。
その停学中に、サンチャンから監禁されていた時の話をきいた。
私は、本当に悲しくなって泣きながらサンチャンに謝った。
真面目なサンチャンが、イジメられて、殴られた事を想像すると本当に悲しかった。
気になっていたので、私はサンチャンに聞いてみた。
『福岡は、もう1発殴られたら、流石に全員ブチ殺そうと思ってたって話してたけど、どんな感じだった?』
福岡は土下座をして、『ごめんなさい』とひたすら言っていたそうだ。
男という物は人前でカッコつけたい生き物だ。それは聞かなかった事にしよう。
そう思ったが、そもそも福岡の訳の分からんチャチャのせいで、こんな事になったのだから、むしろ私は被害者でもあるとも思った。
福岡め!!
かなり、イライラした。
やっと停学があけて、晴れて学校にいった。
朝の始業前の廊下で福岡にバッタリと会った。
ヤツの一言目はこれだった!
『おう!ますらお、ひさしぶり!!』
… … …
ここで、殴ったら間違いなく退学だ。
唇をかみしめて教室に入った。
次は、退学になった事件を書こう。
街中で昼間っから喧嘩して道路を血だらけにした。
これで、はい、アウト。
ここでも福岡が出てくる。笑
私は学校をサボって街をウロウロしていたら、福岡にばったり会った。
下らない話をしながら、2人でうどんを食べにいく事となった。
福岡が悪い訳ではないが、福岡と会わなければ、こんなところでうどんは絶対に食べていないのだが。笑
その時、そのビルで偶然にも、同級生の重富が後輩を6人くらい引き連れて歩いていた。
『あれ?あいつ下の子と仲良かったっけ?』なんて思っていた。
ちょっと変な空気だったが、まあ、そんな事に首突っ込むよりは、腹が減ったが先だった。
うどんも食べ終わり、ほっとした時に、さっき見かけた後輩達が私のところになだれこんできた。
『助けて下さい!』などと言っている。意味が全く分からない。
後輩らの話によると、私と仲がいい、負けん気の強い同級生のヨウコウ(あだ名)が、いきなり殴りかかってきたらしい。
『すごい剣幕で、僕ら全員殺すとか言っているんです。意味が分からないです。』
などと言っている。
いやいや、こっちこそ、意味が分からない。
まあとにかくヨウコウを探そう。
訳も分からんのに人を殴るようなヤツじゃない。
しばらく街をうろうろしてヨウコウを探していると、さっき一緒にうどんを食べていた福岡が顔に絆創膏を貼ってあらわれた。
『ヨウコウにやられた。ますらおも気をつけた方がえいぞ』との事。
なんじゃ、そりゃ。
と、言うか、喧嘩して、顔に絆創膏とか……笑
どこの古い映画か? と思った。
福岡は普段からそういう性格だから、ついでに殴られたのかな?と思って福岡を無視して、さらにヨウコウを探した。
30分後くらいに前からヨウコウが現れた。
『どうした、お前?』と私が言い切るより早く、ヨウコウは私の胸ぐらをつかんで、『お前、コラ!』などと叫んでいる。
意味が全く分からないので、私は冷静になるように何度も言った。
しかし、熱くなっていて、どうしようもない。
そのうち私も、『お前』だの『コラ』だのしつこく言われているウチに腹が立ってきた。
『殺すぞ!』 私は、その言葉が好きじゃない。
殺すという事は死んでしまう事だと思うからだ。
その言葉にキレて、ヨウコウをぶん殴った。
鼻の骨が折れて、骨が突き出て、血が噴き出した。
まだヨウコウはウダウダ言っている。イラついてさらに同じ所を殴った。
血がどくどくと流れた。
昼の3時、街のすごく人通りが多い場所だ。
すごい人だかりができていた。
逃げるように、ヨウコウを引っ張り、冷静になって2人で病院に行った。
つい殴ってしまった事をあやまった。
最初は許してくれなかったけど、何度もあやまった。
ヨウコウも喧嘩で負けたみたいな噂されるのも嫌だし、知らない通りすがりのヤンキーとモメた事にしようと2人で決めた。
ヨウコウが冷静になった事で、やっと、どうしてこんな結果になったのか、やっと全体像が見えてきた。
同級生の重富は後輩を連れていた訳ではなかった。
後輩らに呼び出されて、トイレでシバかれていたらしいのだ。
そこに偶然にも、ヨウコウが用を足しにトイレに入った。
で、”年下が俺の同級生に対して何をやっとるんだ!”とブチ切れたらしい。
そして、そのトイレの横のうどん屋で私と福岡が飯を食っていた訳だが、後輩らにしたら、俺らに筋を通したつもりやったらしい。
そんなの言わんとわからんわ。
というか同級生の重富!!
ばったり出会った時に、私が『どこ行きゆうが?』って聞いたのに『まぁ、ちょっと』とかって言ってたから、全然わからなかった。そして、後で聞いた話、自分自身も態度が悪かったし、シバかれるのも仕方ないかなと思ってたらしい。
そんなの知るか!!!!!
そんな理由で、後輩連中はヨウコウに殴られたのだ。
さらにヨウコウは、私と福岡が、同級生の重富が下級生にトイレでシバかれているのを知ってて、それでも平気な顔して、その近くでうどん食べてるような人間だから、許せないと思ってキレていたという次第だ。
聞けば、すこし納得だ。
そもそも、後輩もどうして、年上を呼び出すような、気合いの入ったマネをしたのだろうか?
気になったので聞いてみた。
実は、事件の数日前に、その後輩らはヨウコウ本人に、こういう相談をしたそうだ。
『重富さん、すごいムカつくんですよ、ちょっとシメていいですか?』
ヨウコウは、これを冗談と受け取り
『おー、おー、やれ!やれ!あいつエラそうやもんにゃー』
言ったそうだ。
これを真に受けた後輩らが、ヨウコウさんに筋を通したと思って、行動に出たらしい。
なんだ、コレ、そもそも全部ヨウコウのせいじゃないか!?
まあ、本気と冗談をキチッとしなかったのは、どっちのせいとも言い難いが。
しかし、これは笑い話で終わらなかった。
私が喧嘩しているのを、多くの人間が人だかりになって見ていたのだが、その中にPTAやら教師の知り合いやらがいたらしく、”通りすがりの知らないヤンキー”などと、言い逃れができなかったのだ。
学校が詳しい事を調査する訳もない。
同級生に暴力をふるうなどとはあってはならない行為として、退学処分となった。
ヨウコウはガンとして、知らないヤンキーで通してくれたのだが、かばった後輩らや福岡は、教師の脅しに屈した。
『ますらおは退学が決定しちゅう、おまえら、ますらおカバったヤツは全員一緒に退学やきにゃー!』 この言葉が決定打だ。
全員、総崩れで口を割った。
ちなみにヨウコウは口を割っていないが、退学にはなっていないので、教師のハッタリだ。
退学になった日にひさしぶりに父親に会った。
普段は母親に任せっぱなしで、絶対に警察にも学校にもこないが、母が泣いて懇願したらしく、今度ばかりは迎えに来てくれた。
親父が迎えに来るなど、小学校の時に、緞帳(カーテン)を破いて以来なので、実に5年ぶりだった。
同じ家に住んでいるが、私が中学2年以来避けていたので姿を見るのも久しぶりだった。
父から『今日は天気がえいにゃー』と言われたので
『そうやね』と答えた。
それ以外の会話はしなかった。
退学となり、最後に教室に行ったときには、すでに放課後で、仲いいヤツが1人もいなかった。
全然、しゃべった事もない、真面目なクラスメイトに
『バイバイ』
と、言って学校を後にした。
当時の担任であった、中内先生が涼しい顔で
『がんばりなさい』 と握手を求めてきたので、無視をした。
散々、迷惑をかけた、元吉先生(ガンキチ)と
退学にならないように全力で学校と闘ってくれた西川先生だけは
『私の力が、ないばかりにすまん。』
と泣いてくれた。
つづく
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