人間の役割ってなんだろうか?
生まれてきたからには、すべき使命が全員に存在するのだろうか?
生物に役割があるとしたら、食物連鎖の中の輪に入る事だけじゃないのか?
人類は言葉というコミュニケーションの道具を編み出し、脳で考えるという事をした。
その結果、集団で生活をするにおいて、邪魔になる行為をルールで縛った。
それをドンドン効率化していき、秩序のある社会を作り上げていった。
その中で、正しい事、正しくない事をカテゴライズしなければならないという機会が何度となく訪れたはずだ。しかし、そのルールの制定というのは、古代よりすべて権力者が決めてきた。
現代においても、政治家が勝手に決めていると言っても過言ではない。
法律というガイドラインがないと、司法により罪人を裁く事ができない。
だからどうしてもきちんとした法律は必要。
ただ異なる解釈ができるような法律の場合、多くは前例に習うのが普通だ。
前例は確かに無難であるが、すべての事件は細かなディティールが違うのに、似ているというだけで前例に習ってしまうという、司法の姿はあまりに滑稽な気がする。
法律は正義や道徳などではない。
罪人となるかどうかのガイドラインだ。
人は何を道しるべに、成長していくのか?
法律か?親の躾か?自分の信念か?それとも漠然と何も考えずか?
絶対的な宗教がある国では、その道しるべが宗教だと思う。
宗教から善悪を学び、道徳を学び、マナーを学び、人間性を学ぶ。
だが、日本人の多くはその宗教がない。
では、どうやって、自分の善悪の基準や、こだわり、生き様を決めているのだろう?
そこが、人間の役割という事になってくるんじゃないだろうか?
自分は何をする為に生まれてきたのか?
私は、この答えは
『何をするためでもなく、単なる偶然で存在するのみ。』
『遅かれ早かれ、その存在は死に向かうのみ。』
これだと思う。
人間は知能があるので、これに恐怖を感じる。
だから、デタラメでも、こじつけでも、何でもいいから、自分の生きている意味や価値がほしいだけなんだと思う。
私はそんなに不安がない。
生きている意味などなくても、考える事ができる事がすでに幸せだし、悩む事ができるのが幸せだし、明日死ぬと言われたら怖いけど、それでも明日死んでもいような心構えはいつもするように頑張っている。
だから、生きている意味などいらない。
どんなに変な目で世界から見られても、別に怖くない。
自分以外は全員他人だし、そんな他人の中でも一緒に死ぬまで生きてくれるという人が1人でもいれば、もう十分に幸せだ。
それは男女関係ない。
生き様というか、死に様を決める為に今頑張ってるって感じか。
生まれてくる事を拒否はできないから、生きている間に自分を納得させることができたら、それが知能をもった人間の成功なんじゃないかな。
実は役割というのは、組織の中の一員として、どうするべきか?
という、個人の生き様とはまったく違う、全体を考える時の効率論だと思う。
効率論というのは、仕事に使うもんであって、人生に使うもんじゃない。
人生は無駄を楽しく感じてナンボやと思う。
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