『遊ぼう』
っていうと
『えええ、どうしょうかにゃー、結構、今、ダルイ。 前もって言うてくれちょったら、その時に合わせてテンションコントロールしちょくがやけんど。 いきなりは面倒いにゃー。明日にせんかえ?』
っていう
『馬鹿』
っていうと
『馬鹿って、馬と鹿って書くがやけど、知っちゅうかえ? その漢字をどうとらえて、俺に”馬鹿”って言うたがで? 俺の知能が馬や鹿並みやという意味で使うたがかえ? ちゅう事は馬とか鹿がどれくらいの知能を持っちゅうか、完全に分かった上で言うたと理解してえいがやにゃあ? ”生きる”という本当の意味において人間は馬や鹿にも劣る思想を持っちゅうかも知れんけど、それについてはどうとらえちゅうがな?』
っていう
『もう遊ばない』
っていうと
『”もう”っていう期間は死ぬまでって事?その言葉に後悔はないが? 人間、一度、口に出したり書いたりした言葉には、全て魂が宿るきねぇ。 覚悟がない人間がウカツな事いうたら、吐いたツバ飲む事になるで。 どんな時でも自分のケツは自分で拭かんといかん。 その事を本気で考えてからもう一回言うて。』
っていう
『ごめんね』
っていうと
『ごめんで済んだら、警察もやくざもいらんぞ! あやまる事になるという想像ができるがやったらどうして先にそうならん努力をせんかったがな!! あやまるというからには、それなりの覚悟をしてきたがやろうにゃー。きっちりケジメとらせてもらうきにゃあ!!』
っていう
こんな大人にはならないように気をつけよう。
土佐弁は分かりづらいか。
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