M-1が今年で終了 紳助「漫才へ恩返しできた」と発展的解消
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伸助って元ヤンで、頭の良さとか笑いのセンスで這い上がってきた人間なのに、達成してしまいすぎて、金儲けとかが大事になりすぎて頭がおかしくなったのだと思う。
松本伸助の初期にはまだ頭のおかしさがマシで、その中で漫才を盛り上げようと言う事で、M-1構想が始まった。しかしたぶん松本の中ではすでに第2回くらいから”こんなはずではなかったのに……”という違和感があったに違いない。
お笑いブームで、どんどんクローズアップされ、若手芸人が必死でのし上がってきたのは良いが、どうも商売臭さとか、TV界の胡散臭さが目立つようになってきた。
こんなの続けても意味ないって、松本は思ったはずだ。
しかし、世間の不況が手伝って、給料の安い若手芸人で番組が成り立つのであれば、高い芸人に高い給料を払う意味なんかないと思うTV局が増えてきて、若手芸人の需要はどんどん増えていった。
賛否両論だとは思うし、笑いのセンスは、食やファッションセンスなどと同じで人によって多種多様なので、一概には言えないが、そのせいでTV番組の質は一気に落ちたと私は思う。
大御所の芸人さんも自分らのクビを閉める結果を生んだと思う。
それが現在のTV離れを呼んだのではないか。
この前オーストラリアに行ったのだが、オーストラリアのTV番組は面白かった。
どれもこれも見てみたいな!と思う番組が多かった。
日本の番組はTVがついていたら見るけど、わざわざ見る為にTV番組をつける価値はないな、と思うようなのが多い。
私は松本の笑いのセンスはものすごいと尊敬しているのだが、それでも最近の彼にはキレがないなと思う。人間は大御所になるとどうしてもキレが悪くなってしまうのだろうか。
自分自身がジジイになってきて、単なる年齢的な問題なのかも知れないとも思うようになってきた。改革派が主流になってきたら、同じ考えを持ち続けている人はすでに保守派となってしまっている事を忘れてはいけないと思う。
無骨、反骨、アナーキズム、反社会主義、粋、かぶき、流行り、目立ち、コダワリ、マイナリズム、アンチ・大衆、アンチ・金儲け主義、アンチ・巨人、アンチ・エクザイル……。
そういうところに生きてきた人間が、自分が嫌われる存在になってどうする?
M-1は採算が取れないとか、もう飽和状態だとか、そういう前にすでにもう終わっていたのだろう。
などと知った風に、偉そうな上から目線で書いてみる。
笑い飯とか、チュートリアルとか、ネタすごいなーって思うけど、やはり一番好きなのはパペットマペットだな。
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