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2010年08月27日21:26

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四国一人旅 一日目 mixiバージョン(無茶苦茶長文)

昨夜は大阪駅桜橋口を22:50に出る夜行バス「松山エクスプレス」に乗車。
目が醒めれば、松山の市内で、伊予鉄道高浜線と、伊予鉄の路面電車路線、大手町線とのダイヤモンドクロスで有名な、大手町駅だった。
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松山駅前には、定刻より5分程早い5:55に到着。
始発の宇和島行きには十分、間に合う。

松山発6:06の宇和島行き普通列車は3番線から出るので、跨線橋を渡って行った。
既にホームには宇和島行きが停車していた。
車輛は、元特急用のキハ185。
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普通列車用に、向かい合わせにされている。
リクライニングシートも使えないが、それでも元特急車、雰囲気はある。
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朝食用に、鳥そぼろ弁当を買い、乗車。
鳥そぼろ弁当と云いながら鳥の雉焼きが何切れもあり、煮〆やひじきの炊いたのだの、朝から呑みたくなる豪華さである。

この、宇和島行きは内子経由では無く、伊予長浜経由の、旧線経由である。
向井原駅からは、海沿いの高台を走る。
山がその侭海に落ち込むような地形を縫うように走る。
山裾野にへばりつくように家か建ち並び、瀬戸内海が広がっている。

伊予長浜駅からは、瀬戸内を離れて、肱川沿いを大洲に向けて走る。
山に囲まれて、肱川が造り出した平野を淡々と走る。

山々に靄が立ち込めて、空との境界が曖昧になっている。
通学時間帯でもあり、中学生だか高校生が駅毎に乗り込んで、2輛編成の車内が、ほぼ埋まった。

段々と山が近づき、平野が狭くなって来た。
そんな中、五郎駅に着いた。
昔、高砂線が健在だった頃、野口と云う駅があり、ファンが「野口から五郎行き」の切符を作った事でも有名な駅だが、何の事も無い無人駅だった。

伊予大洲駅に着いて、内子経由の松山行きに乗り換える。
今度の車輛もキハ185だった。
先の列車の中学高校生もほぼ乗り換えている。
日常の中に、非日常の人間が混じるのは心苦しい気もする。

内子線は、海岸線を沿う様に走る本線と違い、内陸部を突っ切る。
元々、内子線は五郎駅から分岐して内子駅に至る盲腸線。
単なるローカル線だったのだが、予讃線の向井原駅から伊予大洲駅間短絡ルートの一部に組み込まれ特急列車が行き交うバイパス路線として産まれ変わった。
内子線が地方交通線に指定されいた為に、幹線である予讃線に編入することが出来ず、内子駅と新谷駅間が未だに内子線として独立している、稀有な路線である。
その内子駅で、学生が降りて仕舞い、車内は閑散としてしまった。
内子駅から先は予讃線で、海沿いの旧線と違い高規格の路線。
ほぼ直線で、トンネルで山を抜ける。
伊予中山駅で、特急列車と行き違いをする。
特急の為の路線だと印象付けられた。
向井原駅で旧線と合流し、一路、松山駅へ。

松山9:12発の宇和島行きは、何とキハ54のロングシート車。
これで宇和島までの3時間はちょっと辛い。
尤も、次の11:40の宇和島行きもワンマンのロングシート車かも知れないし、こんな早くに松山で時間があっても有効活用出来ないので、先へ進む。
この列車は伊予長浜経由。
朝と同じ路線を伊予大洲駅まで走る。
大学生のサークルの集団が、伊予上灘で降りる。
バーベキューの準備などをしていたが、この辺りにそのような施設があるのだろうか。
車内は閑散として、数える程も無い乗車率。
確かに、キハ54の単行で十分である。

伊予大洲駅に着いて、20少々停車する。
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大洲の町は昔からの城下町で、伊予の小京都とも呼ばれる。
明治以降も生糸などで繁栄し、当時の町並みが残っている。
もう少し、時間があれば、町を見学して行くのも一興であった。
跨線橋から、大洲城が見えただけでも、良しとすべきか。
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伊予大洲から先は、再び未乗区間になる。
八幡浜駅までは山越え区間。
八幡浜でも15分程停車し、宇和島へと向かう。
八幡浜で乗務員交代で、運転手の他に指導員の腕章を付けた職員がいたから、運転手は新人か。

八幡浜からは半島の付け根を横断する。
田園風景の中、下宇和駅を過ぎると、遠目に複雑な海岸線が見えて来た。

宇和島駅は櫛形の行き止まりホームで、その一番奥の3番線に到着した。
丁度お昼時なので、駅前から商店街をぶらついてみる。
商店街も道端は矢鱈と広いが、活気が無い。
たまたま見付けた手打ちうどんの店で、宇和島名物のじゃこ天うどんを食す。
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これはなかなかの美味であった。
食後は宇和島城へ行ってみる。

宇和島城は伊達十万石の居城。
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80m程の小高い山の上に、天守閣がそびえている。
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天守に上がると、吹き抜ける風が心地好い。
伊達博物館には伊達政宗縁の甲冑等もあり、大変興味があったが、中途半端に時間が無い。
南予には局長戦闘機「紫電改」も展示されているし、戦国物に関しては、日本有数のコレクションだそうで、是非、再訪したい。

土産物を覗いて、15時過ぎに宇和島駅に戻る。
15:28の予土線で窪川に向かう。
予土線は今日、一番のローカル線で、車輪をキイキイと云わせながら、急坂を右へ左へカーブしながら、登って行く。
キハ32のエンジンも唸りを上げているが、速度は遅い。
眼下を並行して走る自動車に、次々と抜かれている。
線路を覆う様に生えた樹木が、夕方近くの太陽に照らされている。
大内駅を過ぎると、そこからは高知県。
これで、沖縄以外全ての都道府県に足を踏み入れた事になる。
高知県最初の駅は深田駅であった。

江川崎駅で、20分程停車する。
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トロッコ列車と交換していた。
江川崎は山の中で、駅前に何も無い。
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程なく発車して、日本一の清流、四万十川沿いを走る。
沈下橋も見える。
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江川崎から先は、新しく開通した路線で、直線とトンネルが多い。
速度も速くなり、キハ32の性能を遺憾無く発揮する。
半家駅を過ぎると、雨が降って来た。
山の天気は変わりやすい。
しかし、陽は差している。
それも、次の十川駅までで、雨も止んだ。

土佐昭和、土佐大正と元号の様な駅を通り、窪川駅に無事到着した。
これで、内子線、予讃線、予土線の3線が完乗となった。

次は土佐くろしお鉄道で宿毛まで行くのだが、18:05の特急「南風」に乗るか、散々迷ったのだが、土佐くろしお鉄道のTKT8000型気動車に乗りたいが為に、18:55窪川発の列車にした。
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何も無い窪川駅で、ぼんやりと発車を待つのも、鈍行旅行の醍醐味である。
車内には私一人しかいない。
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発車を待っていたら、急に雨が降りだして来た。
夏の夕立で、これもまた風流。

土讃線の高知行き普通列車が18:44に発車して、窪川駅に停車しているのは我が宿毛行きのみとなった。

18:55、定刻に発車。
陽は落ちて、空は薄い藍色で、山々が影絵の様に浮かんでいる。
逢魔が時を走る。
乗客は私の他はあと一人、いるだけである。
とても19時台とは思えない。

若井駅の先にある信号所で予土線と別れてループ線を回る。
知識だけで何となくそう感じた。
トンネルを出ると、先程よりも空は黒く沈んでおり、明かりの無い山中では、外の気配も感じられなくなっていた。

土佐佐賀駅に着いたら、またもや雨。
南国土佐は雨が多いのか。

中村が近づいて来ると、外がきらびやかになって来た。
車が何台も走り、ファミレスのネオンが見える。
中村駅は明るく眩しかった。
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その中村駅で、部活帰りの中高生なのが乗って来て、車内がほぼ埋まる。
宿毛までにちらほらと降りて行ったが、それでも半分くらいは乗車していた。
起点より終点に近づいて、客が増えるのが奇妙に思える。

20:30、定刻通り宿毛駅に到着。
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本日の工程は全て終わり、宿へと向かう。
宿毛の町並みは、何やら造成中のニュータウンと云った赴き。
空地の合間に、TSUTAYAやスーパー等のネオンが明るい。
何とも殺風景な町並みだ。
15分ばかり歩いて、今夜のホテル「あさひ」に到着。
307号室の鍵を渡される。
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一泊3600円で、上野ならカプセルの値段。
フリードリンクのサービスもあって、なかなか良い。

明日は宿毛発5:55の予定の為、早めに就寝したい。

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