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2009年08月21日15:42

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空気を読む。

お笑いコラム【この芸人を見よ!44】「場の空気を引き込む力」おぎやはぎが放散し続ける規格外の違和感
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=936003&media_id=53


以前の日記でも書いた事があるが、本当に場の雰囲気を読めない人に対して『空気嫁』だとか『おまえ天然』だとか『電波』だとか『KYだ』などと言う事によって、あまりにも変な言動を避けるように牽制球を投げるのにはそれなりの効果があるようだが…。

そうではなくて、自分にポリシーがある人間が他人様に迷惑をかけないようにして『空気を読む』のが正しいとする風潮はあまりにも滑稽だ。

全体に流れを読んで自分がすべき仕事を割り出す能力が高い人間は、確かに他人から嫌われにくいだろうが、それが人間として正しい道という訳ではないだろう。

それを言っちゃおしまいだろうが…。それだけは言っちゃイカン…。って事を言う人間にも2種類ある。何も考えずに『あ、しまった…』と暴言を吐くタイプと、そうではなくてそれを言った事により直接的にどうなるのか、また波紋はどう広がるのか?を熟考した上で言うタイプだ。

前者は上に書いた『KYだ!』と言われても仕方がない人間だが、後者はそうではない。
しかし、その違いは常にいつもハッキリと分かれている訳ではない。

それは熟考したかどうかという判断に第三者の意見が関わる事は少ないので、結局は自分自身の瞬時の判断となるからだ。

だから前者と後者の違いは知能の高さや判断能力の高さではなく、自分の発した言葉に対してどれだけ責任を持てるかというポイントの方が高くなってくるように思う。

責任というのは単に『かかってこいや!』という喧嘩腰な根性を指す訳ではない。
みんなの流れを乱すような発言であっても、それが重要であれば、それは必要な事であり、それを空気を読んでいないと非難して、その非難する事が正義だと勘違いしているヤツは大バカ野郎だという事だ。

モメゴトを避けるためだけの、なぁなぁなシャベリというのは下らない。
当然、人間関係の潤滑油としての礼儀、心を察してあげる能力は必要だが、それだけが絶対ではない。肝心なのはバランスだ。

言われた方も怒るだけが能ではない。当たり前だ!という事が増えすぎると、くだらない事でもすぐ怒りたくなる。当然の期待を裏切られたという気持ちからくるモノだろうが、どうもコレこそが一番世の中にとって迷惑な感情であるような気がする。

レストランで食事が出てくるのが遅いだとか、行列が出来ているのに管理者がトロいとか。

私も機嫌わるくなる場合もあるし、十分気持ちは理解できるのだが、怒ったところで何の解決にもならない。怒らずに普通に話せばいいのに、『どうなっとるんじゃ!』みたいに言う人が多い。

この感情が増幅したモノが、”誰に対しても空気を読むのが社会人としての最低条件”みたいな下らない法則を作り出したのだと思う。

すべての問題はここから始まっている。モンスターカスタマー、モンスターペアレンツ
モンスターペイシェント、何でもすでにある最高基準に順ずる事ができるのが最低条件みたいなウンコみたいな世界。

本当は、売り手だって本当に人間性が悪い人には『お前みたいな客には売らん』ってしてもいいくらいだと思う。

人間には言動の自由があり、それはすごく大事な事だと思う。

しかし自由ってナンだろうか? 小学校の時に先生に言われなかっただろうか?
『自由ってのはナンでもカンでもしていいって事じゃない、すべての言動を自分自身の責任においてする事だ。』って。

権利に守られ、自由を与えられて、勘違いしたバカ野郎ばかりの世界になってほしくないな…。

極端な言い方だが…

悪口を言うからには”殴られるかもしれないし、最悪、殺されるかもしれない”。
文句を言うからには”たとえ自分が正しくても社会的に非難されるかもしれない”。

こういう覚悟がない人間が他人に『空気読め』とかいう意味は全くない。

人気を商売にする芸人の生き方を、社会的風潮と合わせてしまう書き方をするこの記事を書いた記者はあまりにも大衆的だ。
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