今までの人生好き放題やってきたと思う。
中学校高校は高知県では当時は県下でNo.1の学校に入った。
その時は行きたくもない塾に行って勉強した。机に向かって勉強するという意味では人生の中で一番勉強した時期はこの小学校5〜6年の時だ。
中学校に入って2年くらいまでは、勉強はあまりしなかったものの、一応真面目に学校に行ったけど、中3くらいからは不良みたいなのが好きで、調子に乗った格好をしてすぐ喧嘩したり飲んで騒ぎまくったりしてた。
高校に入ったら単車の迷惑なグループにも参加したし、正月に迷惑な行為もした。
通行人と喧嘩というスポーツ・レクリエーションもしたし、ヤバい事務所のオリエンテーリングもした。
父親は開業医師なのであるが、跡を継ぎたくなかった。
スッたモンだがありながら、現在もなお自由にやってる。
バリ島に住んでいる。決められた拘束時間のない仕事ばかりをしている。
家族は大事にしているが、かなり自由奔放にやらせてもらっている。
こんな私だが、わが道を行っているのか?と、聞かれると妥協の連続な気がする。
昨日の日記のコメにも書いたが、私を含めて多くの人は”わが道”を行っていないと思う。
小学校までは子ども扱いされて自由に出来ないし、中学高校は校則や親が厳しいし、社会にでたら金稼ぎのためにしたくない事しなきゃいけないし、結婚して子供ができたらそいつらのためにカッコつけんといかんし、老人になったらすでに自分の道をいくというよりはガンコになってしまうだけ…。
『俺の生き方を見てみろ!!』
みたいな感じでもっとギラギラに光ってみたい気もするが、逆に、そうする事は家族や友人に今よりもっと迷惑をかけるようにも思うので、まったくする必要がない事のようにも思う。
どっちか分からないという事はそれは論点がズレた話という事かな…。それとも年をとりすぎたのか…。
俺はわが道を行っているんだ!っていうカッコよさは、自分自身がそれをそうだと思っていない、ある意味であまりにも自己中心的な思想の奥に隠されているのかもしれない。
だから、それがカッコよければ”生き様”であり、カッコわるければ単なる”イキガリ”で迷惑なだけのシロモノになってしまうのかもしれない。
迷惑をみんなにかけまくって、かけられまくって、それでもそれを迷惑だと思わないような仲間・ファミリーと生きていければ、周りから見ればバカっぽい集団かもしれないが、私はすごく幸せだ。
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