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2009年02月15日03:28

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イシュトバーン氏、映画『英国王給仕人に乾杯!』を見る。

 大阪での大学院受験の面接でノック・アウトをくらった後、僕は京都シネマへ行った。今日公開の『英国王給仕人に乾杯!』を見るためである。このチェコ映画の監督は、イジー・メンツェル。14年前の僕の浪人時代に、この監督の『つながれたヒバリ』(1969年)を同志社大学で見た。抑圧的な体制の中でも「人間らしさ」を失わない人々を描いた作品で、かなりマイナーであるにもかかわらず学生たちが希望に満ちた顔で会場を後にしていた。それで僕は、この監督の名前を覚えていたのだ。



 さてこの作品は、大戦間期、悲願の独立を手に入れたチェコスロバキアを舞台に始まる。哲学者の大統領マサリクとチェコ軍団の兵士たちが血と汗で作り上げた国は、いわゆる「格差社会」となっていた。労働者が健気に働いている間に、億万長者たちは高級娼館で女性をはべらせて文字通り「酒池肉林」の乱痴気騒ぎを繰り広げていたりする。
 ブルガリア人俳優が演じる主人公の給仕、ジーチェ(チェコ語で「チビ」の意)は、乱痴気騒ぎの金持ちに対してチャップリンばりに愉快に給仕しつつ、億万長者のホテル王になることを夢見ている。
 映画全体でエッチ・ギャグ満載なのだが、老監督の秀逸なカメラワークと映像美のせいかアルフォンス・ミュシャの絵が「動いて」いるように見える。
また、チェコスロバキア現代史という重いテーマを扱っているにもかかわらず、軽妙かつ洒脱な語り口で観客をエンディングまで運んでくれる。もっとも、だからこそ事態の深刻さや批判精神が、より浮き彫りになるのだが…。


  紆余曲折を経て、主人公のジーチェはプラハの高級ホテル「ホテル・パリ」の給仕に雇われる。ジーチェの上司である給仕長は、お客の好みはおろか、懐ぐあいや健康状態まで知悉し、挙げ句の果てには世界各国の言葉で接客することまでしてのける。
1938年、第二次大戦を前にして、チェコスロバキアはナチス期のドイツに併合される。
傍若無人な態度を取り始め、ドイツ語しか話そうとしないドイツ人に対して、くだんの給仕長はドイツ語以外の諸言語で、「あなたの、おっしゃることはわかりません。」と答え続け、最後に「He пoнимаю.」とロシア語でしめた。


―このシーンを見た時、僕はハッとした。1998年に僕はプラハと南ボヘミアを訪れた。その際に、「ありがとう」「こんにちは」「さようなら」程度は、チェコ語で言おうとした。
さて、チェコの皆さんの反応はというと、驚いてくれる人や、喜んでくれる人など、概して反応は良かった。
そして約10年後の今日、チェコ人の自らの言語に対する思い入れを目の当たりにして、たとえカタコトでも現地の言葉を話そうとすることの「重さ」を改めて知った次第である。
 ちなみにこの後、僕の「単語帳」には「美しい=krasna」が加わった。これは僕が、「百塔の街」プラハの美しさに眩惑されたためである(笑)。―



 話を映画に戻そう。
1945年、財を成したジーチェは念願の億万長者になってホテルの持ち主となる。しかし1948年2月に、クリメント・ゴットワルト率いる共産党が政権を奪取すると、ジーチェの財産は「国有化」の名のもとに没収され、15年もの間、収容所に入れられてしまう。

全てを失ったジーチェ。

 しかし、過去の財産や栄光にしがみつくことなく、気心の知れた人々とのビールに愉しみを見いだして余生を送る彼の姿は、中欧の人々の持つたくましさの象徴なのだろう。

映画の終盤に出てくる、


「人間が、没落したり、脱線したり、地位を失ったりする時にこそ、その人間の人間性が深まる。」

 との台詞に胸を打たれた。
  そして、僕の行き着けの精神科医に、
「社会的役割と、自らの実存との間で葛藤することこそ、“よく生きる”ことなんだよ。」
  と、諭されたことを思い出した。
 

  とりあえず、ビールを飲むとしよう。
  ちなみに、劇中に出てくるビール「ピルスナー・ウルケル」は、大きめの輸入食品店で240円くらいで手に入ります。鍵と城壁の紋章が目印です。


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