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2007年07月28日19:06

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貴方の宇宙の中 絶頂に統一さ 目覚める破壊の季節

傷心旅行、って訳でも無いのだが、とある事情で関西に帰らなければならないから、11:22上尾発の特別快速小田原行きで、出かける事にした。
本当なら、朝一で在来線乗継いで行きたい所であったが、昨日は会社の飲み会で、最終電車が過ぎるまで呑んでたから、熊谷泊まりになってしまったし、しかも午前中に汁パレス上尾出張所に換気扇の修理業者が来るから、朝一の出発はほぼ不可能であった。

それでこの時間になったのだが、もはや青春18きっぷで東海道を下る気にはなれない。
かと云って新幹線で帰るのも芸がなさすぎるから、大宮から長野行き新幹線で長野まで出て、長野から大阪行きの特別急行「しなの」で向かう事にした。
大変な道程の様だが、長野からの特急券は割引になるから、のぞみで直接大阪へ向かうのと、ほぼ同じ料金で行ける。

大宮からは11:42発のあさま519号に乗車する。
上越新幹線は大宮から熊谷、浦佐から新潟の区間は乗った事あるのだが、熊谷から浦佐までは未乗車で、長野行き新幹線は全く乗った事が無い。

あさま519号は、大宮を出ると、次は軽井沢まで停まらない。
かなり速達の列車で、高崎を通過するのも初めての経験だから、心が踊る。
座席は1号車5番E席で、そこそこ混雑はしていたが、幸いにも窓側に座る事が出来た。

熊谷と大宮の間は、今年になって既に4回も乗っているから、既に馴染みの風景を眺める。
仕事で行き帰りする17号バイパスが見える。
熊谷を通過して、ようやく初めての風景に出会う。
深谷葱の産地なのか、田より畑が目立つ。
その中にある、本庄早稲田駅を通過する、かつて陸軍の児玉飛行場のあった近くで、今は児玉工業団地になっている近くだ。
利根川を長い鉄橋で渡り、群馬県に入る。
代わりばえのしない田園風景の中を走り抜け、家が目立って来たから、高崎の市街が近付いて来たと知れた。
列車は多少、速度を落として、高崎駅を通過。
その後暫く走って、いよいよ上越新幹線と解れ長野行き新幹線、いや、あえて北陸新幹線て云うべきか。
兎に角、全く未乗の路線に入った。

山が迫って来て、トンネルが増える。
長野との国境が近付きつつある。
トンネルとの合間に安中榛名駅を通過する。
長いトンネルを幾つも抜けて、長野県に入る。
ようやくトンネルが尽きたと思ったら、軽井沢であった。
かなりの乗客が降りる。
軽井沢駅は高架と云うか、普通に地平の駅で、周りの建物が目線と同じだから、新幹線から見る風景としてはかなりの違和感を感じる。

軽井沢を過ぎても、やはり山の中でトンネルが続くから、退屈になって来る。
佐久平を通過して、ようやく下界に降りた気がした。
薄曇りだった天気が晴天となり、澄んだ空気に日光が眩しい。
のどかな高原を思わせる風景が続く。

再びまたトンネルに入る。
またも山の中で、暗いコンクリートの壁が続く。

トンネルを出て、上田を通過して再びまたトンネルへ
余りにもトンネルが続き、昨日からの疲れからうとうととしていたら、長野の手前であった。
速度を落として、長野駅に侵入する際に、窓硝子にぽつりぽつりと雨が当たった。

長野駅のホームも、殆ど地平で在来線と同じ高さにあるから違和感がある。
新幹線のホームから、階段を上がると云うのは初めての経験だから、少々戸惑う。

次の大阪行きの特別急行「しなの16号」までは一時間程あるから、駅前で蕎麦を手繰って来た。
江戸の蕎麦とも京都の蕎麦とも趣が異なるが、旨い。
駅に戻ると、丁度、「しなの」が入線する所だった。

10号車15番E席に腰を落ち着け、発車まで暫く待つ。
車輛はクモハ383-12であった。
この383系は96年の11月に初乗車した。
その頃、デビューしたばかりの383系に乗車すると云う目的を兼ねて、長野までEins:VierのLiveを見に行った。
飾り気は無いが、シンプルなデザインの車輛で、私の好きな車輛である。

13:50、定刻に長野を発車して、篠ノ井線を塩尻に向けて走る。
大阪到着は19:04、かなりの長丁場である。

姨捨のスイッチ・バックには長野色の115系が待避していた。
この、姨捨付近からの眺望は実に素晴らしく鉄道の車窓三景にもあげられる程であり、篠ノ井線の車窓の白眉である。
山裾を登り詰めて眺める下界の様は、正に値千金の価値があろう。

トンネルを抜けて、山間の集落を抜けて行く。
日本の原風景の様な景色が広がっている。
やはり、旅は、新幹線では無く在来線に限る。
在来線は長い歴史の中、風土に溶け込んでいる。
新幹線は、喩えたらお仕着せの余所行きみたいな物で、浮いている感じがする。
特に、今日みたいに無意味な旅をしていると、尚更激しく感じる。
私の、今ある不安や抱えてる問題や、捨ててしまいたいと思っている事。
その他の嫌な事全ても陰鬱な空気も、私に同居させて、しかし、全てを逃避させて呉れている。

坂北駅で対向列車と交換の為に暫く停車した。
反対側には485系3000番代が停車していた。その真ん中を、長野行きの「しなの」が通過して行った。

うとうととしていたら、いつの間にやら、松本に到着していた。

松本から塩尻まで、賑やかな短区間を走り、塩尻から中央本線に入る。
「木曾路は全て山の中である」との言葉の通り、山深い中を、木曽川に沿って走る。
川に沿って山々が迫って来ているから、右に左に、路線がカーブしている。
振り子式の383系の本領が発揮されて、こんな線形の悪い路線を、驚く程の速度で走っている。

しかし、川に迫った山々が織り成す風景た美しく、木々の隙間から漏れ来る光が眩しい。
山に囲まれた谷底の狭い田畑に、風が泳ぎ、青々と育っている稲が小波の様に揺れていた。

木曽福島を発車して少し日が陰って来た。
狭い木曽谷に陰鬱な影が落ちている。
山々に、影絵の様に靄が掛かり、谷底を流れる川は霞んで見える。
いよいよ谷も深くなり、人家が途絶え気味になる。
雲はいよいよ厚くなり、鉛色に澱んで来た。
南木曽の手前で、遂に雨が降り出して来た。

南木曽は中山道妻籠宿の最寄り駅で、林業も盛んである。
駅裏には切出された檜が、大量に積上げてあった。

南木曽を過ぎて、暫くしたらようやく、視界が開けて来た。
いつの間にやら、雨も上がっており、日がさしている。
段々と家やらが目に付きだして来たから、ようやく、中津川に到着した。
211系が何編成も留置してあった。
高崎線で見るのと違い、こちらの編成はやたらと短い。

またどうやら、うたた寝していた様で、気が付いたら、名古屋に停車中であった。
かなりの乗客が名古屋で降りて、車内は閑散として来た。
太陽もようやく傾いて来て、西日が眩しい。
岐阜を過ぎて、大垣を通過して、関ヶ原越えにかかる。
新垂井経由の新線で、大周りしながら勾配を稼ぐ。
普通列車は全て垂井経由だから、優等列車に乗らなければこの区間を通る機会は無い。
かつては新垂井駅があって、普通列車も走っていたのだが、下り列車のみの設定で、乗る人もおらず、いつの間にやら新垂井駅共々廃止されてしまった。
今やホームの跡を残すのみとなった新垂井の駅跡を眺めて、関ヶ原駅の手前で本線と合流する。

米原に停車して、優等列車で湖東線を走るのは滅多に無いから新鮮な心地がする。
以前、金沢からの帰りのサンダーバードが強風で、湖西線が不通になり、湖東線回りになった時の事を思い出す。
米原で、長浜方面から来た新快速と、同時入線になった。
特別急行「しらさぎ」も停車していて、改めてこの米原駅が関西と中京、そして北陸を繋ぐ交通の要所である事を思い出させる。
米原からは、いよいよJR西日本に入る。
次の停車駅は京都で、ひこにゃん人気の彦根は通過。
近江鉄道フェスタとか云う催しをやっていた。
近江鉄道ご自慢の旧型機関車がずらりと並んでいて、うち1輛は茶色に塗られていた。

普段、新快速等で馴染みの風景も、優等列車の窓越しだと、かなり雰囲気も違って見える。
ただ、瀬田川の手前で、223系の普通列車に抜かれたのはかなり屈辱ではあったが。
逢坂山と東山のトンネルを抜けて、京都に到着する。
ここで降りたい所を、その儘、大阪まで向かう。
山崎付近で実家のマンションを間近に眺める。
下りの優等列車で山崎付近を通る事などまず無いから、妙な気分である。

新大阪を発車し、淀川を渡れば終着の大阪に到着する。
長野から5時間14分の長旅であった。
大阪駅は、土曜日だから人で溢れていて、なんだか目が痛くなる。
なんだか、一人、雑踏の中、迷子になった様な気がした。


画像一枚目、長野駅に到着した、新幹線あさま519号

画像二枚目、長野土産はちゅるやさん

画像三枚目、特別急行「しなの16号」、長野駅にて
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