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2007年05月28日10:40

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学校にイチャモンつけるバカ親。

http://www.yukan-fuji.com/archives/2007/05/post_9503.html

まず上記のURLを見れる人は見て下さい。見れない人の為にまた例によって一部をコピペします。

===============ここから============

【 保護者から学校への「イチャモン」にはワケがある 】

 学校として対処しようのない親の理不尽な要求=「イチャモン(無理難題要求)」。この実態を研究している大阪大学大学院人間科学研究科の小野田正利教授(51)が先頃、研究結果をまとめた『悲鳴をあげる学校』(旬報社)を上梓し、話題となっている。教師や保護者らに向け、講演している小野田教授は、「イチャモンには、わけがある。そこに隠れた保護者の思いを読み取ってほしい」と訴える。

・弁当オヤジの激怒

 小野田教授の集めた事例で、こんなケースがあった。
 《ある中学校で毎日、昼食前に息子に弁当を届けていた父親が、短縮授業で昼食時間が20分早くなったことに激怒して、「子供を飢え死にさせる気か」と怒鳴り込んできた。「たった20分のことで」と、納得のいかない教師側から見ると、これはイチャモンだ。
 しかし、父親は、母親のいない息子が「父子家庭で弁当も作ってもらえないのか」といじめられないよう、毎日早朝に弁当を作り、職場のレンジで温め直して、自分の昼休みを削って、届けていた。友だちと一緒に弁当を食べられなかったことで、いじめられるのではないかと、不安になったのだ》
 10年以上前から本格的にイチャモンの研究を始め、学校関係者へのインタビューなどを行ってきた小野田教授は、「多くのイチャモンには理由があるんです」と話す。


・1万件の背景

 約300人へのインタビューやさまざまなアンケートなどで集めたイチャモンの事例は、幼稚園・保育園から大学にまでおよび、1万件を超える。別表は、その一例だ。
 こうした中で浮き上がってきたのが、悩める親と、「弱い者いじめ」「言ったもん勝ち」の風潮、そうしたものを生み出す「社会構造のひずみ」だった。
 少子化や地域社会の崩壊、保護者の孤立化などで、親は子育てに関する悩みを誰にも打ち明けられず、「この子を守るのは自分しかいない」と思いこんで文句を言う。子供がトラブルを起こすと、育てた親である自分が非難されたと思いこみ、逆ギレ的な言葉が出てしまう。
 また、客が絶対的優位にあるというコンビニやファミレス文化の影響で、「お金を払う側の要求は何でも聞き入れられる」という最近の環境に慣れた大人が、「子供の教育」という地道な営みを続ける学校にも同様の対応を求めるようになり、両者の意識の間にずれが生じる。
 こうした社会構造のひずみにより、イチャモンが急増してきた。
 企業の相談窓口などに寄せられるクレームの急増からもわかるように、イチャモンは社会全体で増えているのだが、学校は生徒指導を機能の一つとして抱えるがために、イチャモンの受け皿のようになってしまい、集中砲火を浴びているのではないか、という。
 そんな状況でも、学校は「善意の集団」でなければならない。“守備範囲外”のことでも、対応しないといけない。だからますます疲弊する。


・打開策

 こうした状況を打開するために、小野田教授は、「イチャモンを教師と保護者の話し合いのきっかけにしてほしい」と訴える。
 イチャモンを言う保護者は、実は何らかの不安を抱えていることが多い。イチャモンとして表れたトラブルについて、じっくりと話し合い、「親は等身大の教師の姿を評価する。教師側は親の厳しい言葉の裏にある、つらさや本音をくみとってほしい」という。
 ただ、こうした話し合いをするにも、学校現場は、さまざまな教育改革への対応などに追われ、ゆとりがない。「無用な教育改革はやめて、教師を子供に返すべき」と小野田教授。
 研究データからは、教師と子供が接する時間が短いほど、イチャモンが増加するという結果もでている。
 もちろん、保護者に限らず社会全体が「教育を、コンビニやファミレスと一緒にしない。そうした満足基準を求めない」ことも大切だ。
 「イチャモンを通じて、子供のために保護者と学校が手をつないでほしい」との願いをこめて、小野田教授は今日も全国を奔走する。


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【 教育評論家・尾木直樹氏「学校商品化の弊害」】

 教師と保護者、学校と地域の関係は、ここ3、4年で、昔とは別世界といえるほど激変した。
 最大の要因は「学校選択制」の導入で、学校の商品化だ。保護者は消費者になり、保護者にとって学校は「選ぶ対象」となった。果物店でリンゴを選ぶような感覚だ。
 当然、選んだ商品に文句も言いたくなる。小野田氏も言うように、クレームの質が変わってきている。同制度は東京など一部地域での実施だが、こうした保護者の認識、意識は全国の保護者に色濃く影響を与えている。
 「選ぶ」という観点から、保護者にとっても子供にとっても、学校が「塾」的存在になってきた。評価の基準が「学力」だけになっている。教師は学力向上以外にも、いじめの対応や、子供たちに社会生活を身につけさせるために、さまざまなところで奮闘している。
 にもかかわらず、保護者も国もメディアも「学力一辺倒」。“消費者”のニーズにこたえられない学校はバッシングを受ける。学校は疲弊し、萎縮してしまっている。
 教員養成大学を希望する学生が減り、教員採用試験の倍率が下がる状況にまで陥っている。
 学校は勉強だけではなく、生活の工夫や挨拶、社会性を身につけさせるべきところであるはずだ。社会全体がもうすこし落ち着いて、そもそも学校とは何なのかを考える必要があるだろう。
 教育の原点に戻るべきだ。(教育評論家・法政大教授)

================ここまで===========

いやー、すごいですねー。他力本願ハナハダしいねー。自分の事を棚に上げて、良い事は全部自分の手柄にして、反対に悪い事は他人のせいにしたいという人の典型じゃないでしょうか?
子供の時には得手してみんなこういう傾向がありますが、最近こういう大人が増えてきているようです。でも一概にそういう人が悪いのではなく、そうなってしまっている自分を悪いと思えない環境が悪いのではないか?と思います。

確かに教師側にも問題があります。バカで指導力のない人間を教師にしてしまうシステムを作った国が悪いと思います。しかしその現状は改善する努力をするのはいい事としても、現状を打開する能力の方が即効的に必要な訳ですよね。

前々から提言している通り、今、日本人は与えられる事が当然になりすぎて感謝が少なくなってきていると思います。

映画見れば、金払ってるんだから面白くて当たり前。
ファミレスでは、俺は客だぞオーラ全快だし。
教師には自分が負うべき責任を転嫁。

期待しすぎて、それにそぐわない対応に対してハラが立ったりガッカリしたりするんだろうけど、それには自分もその中に入って責任を一緒にとったらどうだろうか?と思う。

映画が面白くなくても、自分から楽しもうと思えば、それなりに楽しかったりすると思うし、その映画を最終的に選択したのは自分なのだから、それは自分の責任であって「行かなきゃ良かった」「金返せ」なんて意見は傲慢以外の何モノでもないと思う。

また「客だから何してもいい」「俺は金を払ってやってるんだぞ」みたいな人種って結構多いと思うけど、本当に下品な人間だと思う。人間であるから当然多少のエゴはある。だが、それを恥とも思わない人間は下品の極みであろう。もっとスマートに相手の気持ちを思いやれる人間が増えれば、こんな事は無くなるんだろうなー。と思う。

また、実際に学校側に対してどんなクレームがあるのかも追加してみる。

==============ここから=============

◎うちの子は箱入り娘で育てたい。誰ともけんかさせないという念書を提出してほしい。
◎行事のスナップ写真で、うちの子が真ん中に写っていないのはなぜか。
◎子供が1つのオモチャを取り合ってけんかになるから、オモチャを置かないでほしい。
◎石をぶつけて子供がガラスを割ったのは、そこに石が落ちていたのが悪い。
◎義務教育だから給食費は払わない。払えというならもう学校に行かせない。
◎(持ち込み禁止の携帯電話をとりあげたら)基本料金を日割りで払え!
◎(けがをした生徒を病院に行かせたら)なんで、やぶ医者に行かせるのか。
◎校外学習中のかすり傷を消毒して学校に連れ帰ったら、「なぜ医者に連れていかなかったのか」
◎あの子の親と仲が悪いから、一緒のクラスにしないでほしい。学校で一緒に遊ばないように指導してほしい。
◎うちの子がケガをして学校を休む間、ケガをさせた子も休ませろ!
◎マラソン大会のゼッケンが42番の忌み番号になった。番号を変えろ!
◎(任意の検定試験を受けるため)学校行事の日程を変更してほしい。
◎なんで雨が降る日に運動会をするんや。特異日をしらないのか。
◎(クレームを言いにきた日の)休業補償を払え!
◎学校の健康診断で再検査が必要と診断され、専門医を受診したところ異常はなかった。「無駄足を踏ませた」
◎父親が学校に「母親が起きないので、先生が起こしてほしい」
◎校内でけがをした生徒の通学用タクシー代を請求
◎授業中に読んでいた漫画をとりあげたら「すぐに返してやれ」
 【近隣からの要求】
◎学校周辺に野良犬が増えたのは、生徒が給食の残り物を与えて餌付けしているに違いない。野良犬が増えたのは、給食のせいだ!
◎最近の桜はまばらで美しくない。学校の教育がおかしいからだ。
◎運動会がうるさい。マイクを使うな、音楽をならすな。運動会をやめろ!
◎生徒の話し声がうるさいので、登下校の時間を短くしろ!
◎学習塾の前で子供が騒いでうるさい。学校の先生が見張りに来い!
◎通学路が狭く、生徒の自転車と接触し車に傷がついた。弁償しろ!
◎チャイムが故障し、未明に鳴ったため、「睡眠不足になった」。
◎校庭の砂埃で洗濯物が汚れる。
◎コンビニの前で生徒がたむろしている。何か悪さしそうだから注意しにこい!


==============ここまで=============

この中で、学校側もそれは聞いてやれと思ったのは
「◎マラソン大会のゼッケンが42番の忌み番号になった。番号を変えろ!」だけだった。その他は気持ちは分からないではないけど、全く低脳な自分勝手なクレームばかりだと思う。

かと言ってこういう意見が父兄からあるのにも関わらず、それはあんたらが悪いとつっぱねたりするような学校であってはいけないと思う。要は信頼関係が大事であり、それぞれ全員が責任を持ち、100%に近い過失でない限り、誰かの責任にしないというのが鉄則ではないだろうか。

最近の親は、自分の指導力不足を自分自身では自覚しているけど、それは他人からは絶対言われたくない。だから自分の指導力が不足している訳ではなく、単に学校に任せているのだ。としたいのでしょう。見栄やメンツもここまでくると醜悪ですね。他人のせいにするのは簡単だし、自分が傷つかなくていい最も簡単な方法です。インドネシア人の方のは、こういう方法をとる方が日本人よりもっと多い気がしますが、個人的には本当に人間性を低く評価せざるを得ないやり方の人です。

イジメられるのは学校のせいだけではなく、イジめる生徒のせいだけでもなく、イジめられる生徒の責任だって当然あり、事件に関与する全ての生徒、教師、親、みんなの責任です。それを誰が悪いとかって責任の所在を求める行為がすでに大人の汚いやり方なんでしょう。そんな事でしか安心感を持てないなんていうのは悲しい人間です。

人それぞれ育ってきた環境があり、今まで信じてきた常識に則って行動するんでしょうが、そこに少しでも違う考えを受け入れる事が出来る余裕がないものかと常々思います。ほとんどの人は年をとっていく事に頭が固くなり臨機応変さに欠けてきます。でもその中でも、自分がそうなってしまっている事を自覚し、その対応を日々していれば、将来的には大きな違いが生まれてくるはずです。

また、事件が起きて、怒ったりして、熱くなったり、パニックになったりする時ほど、そういうドシリと構えた自分が必要であり、強い信念と、自分とは違うモノを受け入れる勇気という相反する強い思想が共存できれば、こういったくだらない問題は起こらないと思います。


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