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2006年10月09日03:46

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特集連載企画『帰化食物』第ニ回【カレー】後編

《特集連載企画『帰化食物』第ニ回【カレー】後編》

第二章【ライスカレーとカレーライス】

わらしのご幼少の砌、「カレーライス」は「ライスカレー」であった。
いや、単なるカレーと飯の分量バランス差でそー呼ばれていた、、とゆーヤシもいるがw
1960年代から1970年代前半くらいまでのライスカレーと呼ばれることが普通であった時代では、子供から大人までもが巷でカレーライスとライスカレーの違いを論争する様子が見られた。その際、主張された意見には以下のようなものがある。

家庭(大衆食堂等も含む)で作られるようものがライスカレーであるのに対して
カレーライスは、レストラン等少し高級或いは気取った感じの店で出されるような、
皿に盛った御飯とは別にカレーソースがソースボートで供されるもの。
カレーライスが curried rice であるのに対してライスカレーは rice and curry 、
つまり皿に盛った御飯とは別にカレーソースがソースボートで供されるもの。
高級、ハイカラなものの方がカレーライス。

もっとも、実際のところは双方を分類する明確な定義は無く、双方に存在する違いといえば、
ライスカレーとカレーライス、それぞれの名称の登場時期の差ぐらいのものである。

その登場時期の差というのは、ライスカレーという名称は明治期に登場し、カレーライスという名称は昭和初期に登場したというものである。カレーライスという名称が登場した理由は、百貨店のレストランが、高級感が感じられるからとカレーライスという名称を使い出したのが由来とする説があるが、本当かどうかは不明である。とはいえ、カレーライスという名称を使う飲食店は、大衆食堂よりもレストランの方が多かったのは事実であった。そのため、カレーライスという名称に高級、ハイカラ、ナウい?(死語)というイメージを抱くようになったのだろう。名称の登場時期の差のせいもあり、以前はライスカレーと呼ぶのが一般的であったものの、1960年代から1970年代前半くらいを境にカレーライスという名称が広く普及するようになった。カレーライスとライスカレーの違い論争というのは、ライスカレーからカレーライスへの名称移行の時代に見られたものであったといえる。その証拠に、ライスカレーという名称が、一部文献等では死語の一つとされてしまっている程、使用頻度が減っている現在では、かつてのような論争はあまり見られない。
しかしわらしはたまに、、、
『ライスカレー』と呼んでいますから!

この、『ライスカレー』呼称は全国に普及した過程と因果が
ある様に思われる。それは「戦争・軍隊」である。

カレーライスが全国に広まることとなった経緯として、戦前、普段米を食べることが少ない農家出身の兵士たちに白米を食べさせることになった海軍だったが、当初カレーには英国式にパンを供していた。しかし、これは概して水兵には不評であった。そのため白米にカレーを乗せたところ、好評であったことから、調理が手早く出来て肉と野菜の両方がとれるバランスのよい食事として、カレーライスを兵員食に採用した。その後、除隊した兵士がこのカレーライスを広めたため、全国に知られることになったという説がある。他方、陸軍が普及に貢献したとする説もあり、その理由に以下を挙げている。

海軍では炊事も専門の者が行うため、カレーの作り方を覚えた水兵はごくごく一部であったと推測されるのに対し、陸軍ではほぼ全員が炊事を経験したこと。
海軍は徴兵ではなく志願制の時期もあった上に陸軍に比べると圧倒的に経験者が少ないこと。
陸軍が全国に駐屯していたのに対し、海軍が居たのは大湊、横須賀、舞鶴、呉、佐世保といった限られた地域だけであったこと。嗚呼「横須賀海軍カレー」の立場は、、どうなるorz、、
決定的なのは、当時は「ライスカレー」の呼称が一般的であったのだが、陸軍のレシピには『ライスカレー』と記載されているのに対し、海軍のレシピでは『カレーライス』と記載されている。 従って、カレー、ライスカレーの全国普及に陸軍の影響が大きかった可能性は高いが、海軍の与えた影響より、陸軍が普及に貢献したする説もある。


第三章
【●インド独立運動の志士が伝えた純インド式カリーの味】
さて、伝来から遅れること半世紀昭和の初めにようやくインド
人からの直接普及の機会が日本に訪れます。
そうです、あの中村屋のカレーのお話です。新宿中村屋の昭和2年喫茶部開設にあたって
発売されたのが、ボルシチと、この純インド式カリー。
この料理はインド独立運動の志士ラス・ビハリ・ボースから教わったものでした。

ボースはインド・ベンゴール生まれ。十代で祖国を英国の圧力から救うべく立ち上がり、大正4年日本に亡命してきます。しかし、それを察知した英国政府は、日本政府に彼を追放せよと圧力をかけ、弱腰の日本政府はボースに対し一週間以内に国外へ退去することを命じてしまいます。これに対して言論機関はもとより、頭山満、犬養毅など多くの気骨ある人々が反論、激しく抗議しますが、退去命令が撤回されることはありませんでした。このことを知った相馬夫妻は、ボースの保護を引き受け、店の裏のアトリエに4ヵ月半匿ったのです。その間に英国の強行的な態度が露骨になり、業を煮やした日本政府は態度を一変し、ボースを保護する決意をします。そして大正11年、日英同盟廃棄によってついに英国のボース追求が止みました。ボースは、4ヵ月余りの滞在とその後の潜伏で苦労を共にした相馬夫妻の娘・俊子と大正7年に結婚、相馬夫妻との間には親子のような愛情が芽生えました。

そして昭和初め。中村屋は、お客様の「買い物の時、少し休める場所をつくってほしい」との声もあり喫茶部開設を検討します。その際ボースが「それならば是非インドのカリー・ライスを紹介したい」と申し出たのです。その当時のカレーは英国経由で伝わったものが変身し、安い材料を用いた一種の経済料理になっていました。「インド貴族の食するカリー・ライスは決してあんなものではない」というボースの思い。そして、逃亡生活の心労によりこの時すでに亡くなっていた俊子、彼女を通じて感じた夫妻のインドへの親愛の情。そんな思いから昭和2年、純インド式カリー発売が喫茶部の開設と同時に現実化したのです。ちなみに中村屋では、ボースが当時使っていた”カリー”という言葉をそのまま用い、カレーのことを"カリー"と言ってる。さて、その中村屋と双璧をなすのが『銀座三原橋・ナイルレストラン』の初代のオヤジ「A.M.ナイル」である。このオヤジもインド独立革命の闘士で、なぜかインド独立運動の闘士は皆カレー屋を開業したがるらしいw
この初代のナイル親爺がタダモンではない。京都帝大卒で、なんでも戦中は日本軍の機密スパイみたいなことをやってたらスぃ。
>>http://www.ginza-nair.co.jp/hist.html

ナイルと呼んでいるがヒンディー語で正式にはजवाहरलाल नेहरू
ネールとなるらしい。そう、インド初代首相ジャワハッラール
ネルーと同じ綴りで本来はそう発音するのだと生前本人からお聞きしたことがある。
中村屋のボースが同じインド独立運動の父「スバス・チャンドラ・ボース」とが同名だが血縁関係がないようにナイル親爺とネール首相とは血縁はない。が、彼は紛れも無く中村屋のボースやチャンドラボース、ネール、マハトマガンジー等と共に戦った独立運動の闘士だったのだ。

わらしが未だ駆け出しの広告マンであった頃、某巨大新聞社の「インドアニヴァーサリーDAY」の企画のパシリで広告取りにお店にお邪魔した折、その巨躯をどっかと店頭レジ横に構え、「あの〜ヨ○ウリの企画の件
で、、、」と言うが早いか
『ヨメウリィ、高イ!』
とイキなし怒鳴りちらし、マシンガンのような早口の日本語で前任者のクレームをつけ、30分くらい説教され、漸く話は聞いてくれたがその後、革命闘士波乱万丈一代記を1時間ほど聞かせられるハメとなった。挙句広告は貰えなかったorz、、、
「ウチは嫁なんか売ってねーゾ!」て心ン中思いつつ不貞て
横向いて話聞いてたせいか殆ど話は忘れてしまった。

極東裁判のパール判事の一千ページにわたる日本弁護論を日本語に訳したのもオレだとか、、なんか言っていた希ガス、、

その後、会社が近かったので店に客として通うようになったら、
顔を覚えていてくれて「ヨメウリィ!キタカ?」っつて
2〜3回ご馳走になったw さすが革命の老闘士、義理堅い。
今となっては塩辛くホロ苦い思い出である。

さて、、、今回は殆ど脱線しっぱなしの「帰化食物」認定で
あるが、上記のナイルレストランのごとく孫子三代に渡って日本に住み、日本を愛し、骨を埋めたナイル親爺。でも国に帰ったらもう殆ど誰も独立の志士である貴方のことを覚えてくれている人はいないかも知れない。だってもう10億人も人口いるんだもの、、、大国だし、、

でも、オレは覚えているぞ、例え10億人のインド人が、アレ
は「カレー」じゃないと反対しても、アンタの本当の名前の
発音と「ムルギランチ」の味。

『銀座三原橋・ナイルレストラン/ムルギランチ』
『新宿中村屋・純正インドカリーライス』
『横須賀海軍カレー』
他、全国のおかあさんの味煮込みカレー、及びキャンプで
作ったライスカレーに至るまで全てカレーライス・ライスカレー類をここに『帰化食物第二号』として認定するものである。

平成18年 10月吉日  帰化食物認定イイんかい?
            会長  まんもちゃん

参考文献:横濱カレーミュージアム
    「独立運動とカレーの華麗なる関係」(民明書房刊)
  









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