愛子さま継承も視野に「第3次改正」を提言 保阪正康さん「天皇を一人の人間として尊重する制度を」 改正皇室典範を批判
10/3(土) 11:30 AERA DIGITAL 配信より
AERA DIGITAL
春の園遊会に臨む天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻ら皇族方=2026年4月17日、東京・元赤坂(AERA DIGITAL)
7月に成立した改正皇室典範について、ノンフィクション作家の保阪正康さんは「歴史に逆行する」と批判する。「女性皇族の結婚後の身分保持」と「旧宮家の男系男子の養子縁組」を柱とする改正を、天皇や国民の意見を十分聞かずに進めた姿勢に問題があるとみる。保阪さんにインタビューした。
【写真】1947年に公布された皇室典範の御署名原本
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――改正皇室典範は「女性皇族が結婚後も皇族の身分を保てること」と「旧11宮家の男系男子を養子として皇族に迎えられること」を柱としています。これに対し、保阪さんは、「皇室典範は現代の価値規範に沿って、大幅に変えるべきだと考えている」と主張されています。どこに問題があると捉えているのでしょうか。
条文のどこが問題かという以前に、皇室典範の改正に向き合う政治家の姿勢そのものに問題があると思います。明治22(1889)年に制定された皇室典範は、大日本帝国憲法と二人三脚の関係にありました。天皇が主権者として君臨する国家体制の中で、男系男子や終身在位という原則が定められました。
ところが、戦争に負けて憲法が新しくなり、天皇は象徴天皇、人間天皇になりました。本来ならば、そのときに新しい憲法にふさわしい皇室典範をつくるべきでした。しかし、男系男子や終身在位という明治以来の原則は、そのまま引き継がれました。
――その矛盾が、現在まで続いているということでしょうか。
そうです。その無理が具体的に表れたのが、2016年の平成の天皇(現・上皇)による生前退位の意向の表明です。終身在位という制度について、天皇自身が見直しを求める意向を示しました。
今回の改正でも、天皇や宮家の人たち、そして国民の意見を十分に聞いていません。男系男子にこだわる一部の政治勢力の考え方だけで進められているように見えます。
私は、これは歴史に逆行するものだと思います。戦後民主主義のもとで築かれてきた象徴天皇制を、明治の皇室典範に近づけようとしているのではないか。そこに強い怒りを感じています。
――こうした問題がどのような結果をもたらすと懸念されているでしょうか。
天皇が再び神秘化、偶像化され、政治的に利用されかねないと思います。
日本人は、江戸時代には権力と権威を分けていました。武家が政治権力を持ち、朝廷は権威を持つ。権力と権威の間に一定の距離を置くという知恵があったわけです。
ところが、明治以降は天皇に権威と権力を集中させた。特に昭和の軍事指導者たちは、天皇の名を利用して、自分たちの権力を際限なく拡大していった。私は、天皇を政治的に利用してはいけないと思う。政治は政治として責任を持ってやる。天皇は政治から一定の距離を置くべきです。
――天皇の神秘化や偶像化が進むと、国民との関係にはどのような影響があるのでしょうか。
天皇や皇族について、自由に語ったり批判したりすることが難しくなる恐れがあります。
今、インターネット上では皇族に対するひどい誹謗中傷もあると聞きます。そうしたことを口実に、かつての「不敬罪」のようなものを復活させようという議論につながるかもしれません。
私は、天皇がもっと自分の考えを語り、国民との間でコミュニケーションを取るべきだと思っています。それによって天皇と国民の距離が縮まり、象徴天皇とは何かという理解も深まっていくはずです。
――今年6月11日の記者会見で、天皇陛下は「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と述べました。また、秋篠宮さまは8月13日の記者会見で、「私も生身の人間ですからいろいろと思うところはもちろんあります。なかったらおかしいと私は思います」などと語っています。これらの言葉をどう受け止めましたか。
私はこれまで何度か皇室の人たちと会って、話をする機会がありました。そのときに感じたのは、皇室の人たちは「直接話法」を使わないということです。
例えば、35年以上前に、『秩父宮と昭和天皇』という本を執筆するための取材で秩父宮妃殿下に話を聞いたときのことです。妃殿下に、「真珠湾攻撃と太平洋戦争開戦をどう受け止めたか」について尋ねました。すると妃殿下は、「昭和16年は雨の多い年でございました。殿下とともに雨が降る庭を見ながら、百姓さんは大丈夫でしょうかと案じたことでございます」と答えました。
私の質問に直接答えていません。しかし、雨に例えて、自身の気持ちを語ったのではないかと私は受け止めました。
――今回の天皇陛下や秋篠宮さまの発言も、そうした間接的な表現だということですか。
天皇の発言も秋篠宮の発言も、「間接話法」です。
特定のことを言っているわけではありません。ただ、天皇の発言を、「国民の世論を考えてください、これでいいんですか」という意味だと、私は受け止めています。秋篠宮も、兄宮と同じ考えを示しているのではないかと思います。
――「間接話法」でしか思いを表現できないことは、どのような問題があるのでしょうか。
「間接話法」では、政治家に都合よく解釈される恐れがあります。国会の多数派の意見が国民の意思だから、それでいいんだということにもなりかねない。
だからこそ、天皇がもう少し踏み込んで発言できる場や機会をつくるべきだと思います。もちろん、天皇の意見をすべて採用する必要はありません。しかし、当事者の考えをきちんと聞き、それについて議論する。そういう習慣を育てていくことが大切だと思います。
――今回の改正は、「男系男子」に固執したものだと批判されています。そこにはどのような歴史認識や皇室観があり、どのような危険性を持っていると考えますか。
男系男子にこだわること以上に、天皇の意思を尊重しながら皇室典範を変えていこうという意識が、まったく見られないことが問題です。まるで、自分たちの思うように天皇を操ろう、利用しようとしているように見えます。
明治の皇室典範は、天皇が主権者であることを前提につくられました。しかし戦後、天皇は象徴天皇、人間天皇になりました。それなのに、男系男子こそが天皇制の本質だという考え方に固執するのは、歴史を逆戻りさせるようなものです。今の内閣がやろうとしていることは、そう受け止めざるを得ません。
――そうした姿勢の背後に、どのような意図を感じますか。
政治家たちが自分たちの政治的な力量や自覚の不足を補うために、天皇の権威を利用しようとしているのではないか、と言いたくなります。
もちろん、本人たちは違うと言うかもしれません。明治の時代に戻そうという意識もないのかもしれない。しかし、天皇の意見を聞かず、その意思を尊重しないまま制度を変えようとする姿勢は、客観的に見れば、かつての時代に戻そうとしていると受け止めざるを得ません。大事なのは、男系男子か女性天皇かという個別の問題だけではありません。天皇を一人の人間として尊重し、国民との関係をどう築いていくのか。その根本から考え直す必要があると思います。
――皇室典範を具体的にどのような方向で改正すべきだとお考えでしょうか。
皇室典範を全面的に改正すべきだと思っています。
明治22年に最初の皇室典範ができ、戦後の昭和22(1947)年に現在の皇室典範が制定され、今年改正された。そして今、本質的にもう一度、皇室典範をつくり直す。いわば「第3次改正」が必要だということです。
その基本になるのは、戦後民主主義の理念です。
まず、当事者である天皇家の意見を大いに聞くべきです。その意見を全部採用する必要はありませんが、意見を聞かずに制度を決めるというのは、おかしい。その議論の中から、女性天皇の可能性や、現代に必要な帝王学のあり方も見えてくるはずです。
同時に、国民の意見も広く聞く。委員会をつくってもいいし、各地で公聴会を開いてもいい。天皇と国民の新しい関係をどうつくっていくのか、国民的な了解を形成していく必要があると思います。
――皇位継承については、どのような制度が望ましいと考えますか。
男系男子がいいとか女性天皇がいいとかいうより、長子継承が望ましいと考えています。最初に生まれた子が女性であれば、その人が皇位を継げばいい。そうなれば、愛子さんが天皇になり、結婚して子どもが生まれたら、その子が皇位を継いでいくことになります。そうすれば、継承者がいなくなるという問題も、あまり気にしなくてよくなるのではないでしょうか。
――皇室典範の改正にあたって、最も重視すべきことは何でしょうか。
私は2013年から16年にかけて、平成の天皇と6回、延べ23時間以上、美智子皇后(当時)も同席して、歴史など様々な問題について話をする機会を得ました。その中で感じたのは、天皇もまた、悩み、苦しみながら、自分に与えられた時代と向き合っているということです。
天皇にしかわからない苦悩があるわけです。その当事者の発言を聞かずに、天皇を規制する法的な枠組みをつくっていいのか。それはあまりにも傲岸不遜で、ある意味では天皇その人に対する侮辱ではないかと、そういうふうに思います。私の意見は、結局その点に尽きます。
(AERA編集部・野村昌二)
野村昌二
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最終更新:10/3(土) 11:30
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私のコメント : 令和8年10月4日、 令和8年7月に成立した改正皇室典範について、ノンフィクション作家の保阪正康さんは「歴史に逆行する」と批判されている。
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