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2026年09月23日16:19

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秋吉久美子、超大物俳優への”失言”を告白 松岡昌宏「時代が時代なら大ごとです」

秋吉久美子、超大物俳優への”失言”を告白 松岡昌宏「時代が時代なら大ごとです」

[2026年9月20日16時59分] 日刊スポーツ 配信より

秋吉久美子、超大物俳優への”失言”を告白 松岡昌宏「時代が時代なら大ごとです」 - 芸能 : 日刊スポーツ 配信より

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202609200000860.html

女優の秋吉久美子(72)が、19日放送のテレビ東京系「二軒目どうする? 〜ツマミのハナシ〜」(土曜深夜0時55分)に出演。高倉健さんとの驚きのエピソードを明かした。

「デビューされた頃の芸能界ってどんな感じ?」の質問に「雑ですよ、雑」と答えた。

続けて「トップは誰ですか?石原裕次郎さんとか?」と聞かれると、「トップはきっとそうなんでしょうけども、気にしてませんでしたけども、高倉健さんとか。でもトップがどうとかも、気にしたこともないし」と明かした。

「まだ映画でした? もうドラマでした?」の質問には「映画からドラマに移行する感じで。健さんがたった1回だけ出たドラマに出ました。『あにき』っていうやつなんですけど。あにきにチュってほっぺたにキスして、あにきが照れるみたいな」と説明。松岡昌宏が「高倉健さんのほっぺに、秋吉さんチュってやったんですか?」と驚くと、「そういうことがみんなビックリしちゃうみたいな時代かな。秋吉だからやっていいんじゃないかみたいな」と話した。松岡は「高倉健さんにチューのイメージはないな、俺。ほっぺにチューって」と伝えた。

秋吉は「(高倉健さんが)すごく気をつかって、お家からコーヒー持ってきて、みんなに配ったりとか。あと、サンドイッチの差し入れとしてくれたりとか、自分で配ってくれたりとか。『どうですか? お召し上がりになりませんか?』みたいな。みんなにですよ、みんなに、皆さんに」と振り返った。

そして「問題はその後なんですよ、『今、おなかすいてないからいりません』って言っちゃったんですよ」と笑った。松岡と博多大吉が「秋吉!」「それはよくない!」「久美子、そういうとこだよ」などとツッコむと、秋吉は「久美子はそこにしつけが入ってなかったの」と語った。

「おなかがすいてないから、他の人にっていうことですもんね」と聞かれると、「いや、そんなんじゃなくて…このシーンどうなのかなぁ。おかしいな、おかしいな。今、それどころじゃない」と回顧。すると松岡が「時代が時代なら大ごとです」と話し、秋吉は「大ごとなんだよね。だからそれなりに自分としては苦しかったんでしょうね。なんでこんなことで、みんなになんかこうブーイングが出るのかな…みたいな。風当たり強い…ブワーッと暴風みたいな」と明かした。



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秋吉久美子


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あきよし くみこ
秋吉 久美子
本名 小野寺 久美子[1](おのでら くみこ)[2]
生年月日 1954年7月29日(72歳)
出生地 静岡県富士宮市
国籍 日本
身長 162cm
血液型 O型
職業 女優
ジャンル 映画、テレビドラマ、演劇
活動期間 1972年 -
配偶者 岩久茂(1979年 - 1989年)
小野寺・グレン・光(2004年 - 2005年、2006年 - 2014年)[2]
事務所 Office AK
公式サイト
秋吉久美子オフィシャルウェブサイト

秋吉久美子オフィシャルX
主な作品
テレビドラマ
『花神』
『夢千代日記』シリーズ
映画
『赤ちょうちん』
『あにいもうと』
『異人たちとの夏』
『男はつらいよ 寅次郎物語』
『深い河』
受賞

秋吉 久美子(あきよし くみこ、1954年〈昭和29年〉7月29日[1][2] - )は、日本の女優。本名は、小野寺 久美子(おのでら くみこ)。静岡県富士宮市生まれ[3]、福島県いわき市出身[4]。カトリック信徒

略歴
生い立ち
北海道函館市出身で研究者だった父親が戦後に結核を患い、静岡県富士宮市の療養所に入り、地元出身の看護師だった母親と結婚し当地で生まれた[5][6]。小学生のころに亡くなった祖母との別れが一番印象に残っているとインタビューで語っている[7]。妹が一人いる[8]。その後、父が徳島県海部郡日和佐町(現在の美波町)の高等学校に化学教師として赴任したため家族で移住した[5]。しかし、高温多湿の気候が体の弱い父には辛く、本人が小学校入学直前に福島県いわき市に移り、6歳から18歳までいわき市で暮らす[5]。なお、父方の祖父は宮城県仙台市出身で、血縁的にも東北地方とは所縁があった[9]。父は小名浜の福島県水産試験場に勤務し、場長を務める。アクアマリンふくしまの立ち上げにも尽力した[5]。福島県いわき市小名浜第一中学校、福島県立磐城女子高等学校(現在の福島県立磐城桜が丘高等学校)を卒業した[5]。高校時代は文芸部の部長をしていた[8]。あちこちの雑誌やテレビなどでもらした言葉を集めた『つかのまの久美子』(1977年、青春出版社)ではユニークで鋭い感性が光っており、五木寛之も「静かな平凡を夢見る卓抜な個性」と帯に感想を書いている。

高校3年生だった1972年、受験勉強中に聴いたラジオの深夜放送・吉田拓郎の『パックインミュージック』で、吉田が音楽を担当した松竹映画『旅の重さ』のヒロイン募集を聞き、親に内緒でオーディションを受けたのが芸能界入りしたきっかけである[2][8][10][11]。

女優として
『旅の重さ』の主役オーディションでは主役に決まりかけていたものの[4][12]、最終的には、遅れてやってきた高橋洋子が主役に決まり[4][12]、秋吉は端役の自殺する文学少女役に収まる。本名での映画初出演となった[10]。夏休みの1週間だけ撮影に参加し、出演料は7万5千円だった[8]。撮影現場の空気は肌に合ったが、女優になろうとはすぐには思わず、大学へ行こうと思い受験勉強に励む[8]。翌1973年、明治大学と中央大学の受験に失敗し[3]、大きなショックを受ける[8]。いわき市で予備校通いをしたが、浪人も面白くなく、予備校も休みがちになってブラブラしていたとき、隣町で観た街頭アングラ演劇[4]「はみだし劇場」に感銘を受け[4]、演出家に惚れ込み[13]、同劇場の劇作家・内田栄一の妻・内田ゆきに身柄をあずけ上京した[8][10]。内田ゆきは秋吉のマネージャーになった[8][13]。最初の仕事は赤福もちのCMだった[8]。同年、斎藤耕一監督の『花心中』に一シーンだけ顔を出したのち、芸名を「秋吉久美子」として松本俊夫監督の『十六歳の戦争』に主演して本格的に映画デビューした[10]。しかしこの作品は難解だという理由で1976年まで公開されなかった[8]。1974年、藤田敏八監督の青春映画『赤ちょうちん』で、奇妙な魅力をたたえた女優などと評価されヒットし、名が浸透する[8]。続けて秋吉主演で『妹』、『バージンブルース』(日活)と立て続けに製作され、人気が急上昇した[8]。「クミコ、君を乗せるのだから…」とナレーションが入る日産チェリーF-IICMでは可愛らしさで世の男をノックアウトさせ[4]、愛くるしい表情、70年代を表現する繊細な存在感、今までの日本の青春映画を脱却した大胆な脱ぎっぷりで、桃井かおりとともに[4]、当時のシラケ世代の寵児となる[2][4]。

1979年、青い三角定規のメンバーで作曲家の岩久茂と結婚した。同年夏に男児を産み[14]およそ2年ほど芸能活動を休止したが、後に離婚した[15]。結婚を経てかつてのフーテン、ツッパリ、シラケ、ナマイキイメージもとれて、美しさに磨きがかかり[4]、80年代の新しい母親像なども好演し[4]、桃井と違い[4]、茶目っ気もあって明るくスタッフ受けもよく[4]、また裸も綺麗で脱げることから[4]、いい役にキャスティングされるようになった[4]。復帰後、ソープ嬢を演じた『の・ようなもの』 [2](1981年)、冷めているが可愛げのあるヒロインに扮した『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』 (1981年)を始め、『さらば愛しき大地』 (1982年)、『夜汽車』 (1987年)、『異人たちとの夏』 (1988年)、『誘惑者』 (1989年)、『レッスン LESSON』 (1994年)、『深い河』 (1995年)などがある。1983年には『陽暉楼』(東映)、『シングルガール』(松竹)と二本の映画を降板し[13][16][17]、マスメディアを騒がせた[13][16][17]。2004年、『透光の樹』では、深遠な性愛シーンを披露した。

近年
近年はバラエティにもゲスト出演している[2]。TBS系人気番組『クイズダービー』にもゲスト解答者としても数多く出演した。しかも1988年10月の特番で、当時産休中だった竹下景子に代わり、4枠に座っていた。ちなみに成績は12勝20敗、3割7分5厘と好成績を修めていた[18]。

作詞家としても活動しており、DOGGY BAG、松尾光次にも楽曲を提供している。

2004年12月に26歳年下の日系アメリカ人と結婚したが、翌年夏に離婚した。その後、同じ男性と2006年2月に復縁(再婚)するが、2014年に再び離婚している[2][19]。

2006年8月12日、第38回NHK『思い出のメロディー』で司会に初挑戦した。会見で「あのころは"痛がる時代"だったと思う」と独自の理論を披露した。

2007年1月からTBSでフリーアナウンサーの中井美穂と共に一視聴者と同じ視点に立った素直な切り口で『世界陸上大阪大会 秋吉&中井 We Love アスリート』の司会を務めた。なお、番組内で出演した各アスリートの写真を秋吉自らカメラマンとなって撮影し、ポスターを制作するコーナーがあった。この時の写真が好評で、世界陸上の会場にポスターの展示場が開設された。

最終学歴は高卒であったが、個別の入学資格審査を経て、2007年9月より早稲田大学大学院公共経営研究科専門職学位課程公共経営学専攻に入学し[20]。2009年9月、同研究科を10人中の総代として修了、公共経営修士を取得した。世界遺産登録5周年記念事業「熊野古道国際交流シンポジウム尾鷲2009」にパネリストとして参加した。 2013年には出身地である福島の風評被害払拭のため消費者庁「東北未来がんばっぺ大使」に就任のほか、「三重県文化審議会委員」も務める。 2013年「わたしの人生〜我が命のタンゴ」でモナコ国際映画祭主演女優賞を受賞した。

2015年1月、35歳の長男が事故死した[21][22]。

人物
趣味は旅行、特技は英会話。

肉が甘いからという理由ですき焼きが嫌い。

シラケが流行した1970年代の時代性を象徴し、そのユニークな言動が話題を呼んだ[8]。当時はカワイコちゃんタレント全盛の時代でもあり、秋吉の言動は余計に目立つこととなる[10]。芸能界にデビューしたての若い少女にありがちな発言を求めた記者に対抗して「面白くもないのにカメラの前で笑ったり、俳優ってバカみたい」などと発言し「シラケ女優」のレッテルを貼られた[10][23]。また『妹』の公開前、宣伝のために出演した番組で共演者が礼儀正しくインタビューに答えていたのに対して、頬杖をついて別の方向を見ていた。なお、当時の様々なラディカルな言動については後に「不器用だったのかな」と振り返った発言もある。

2016年、写真集「KUMIKO AKIYOSHI 1973 NUDE」小学館の発売記念サイン会で、デビュー当時ヌード撮影だと事前に知らせず黙って現場へ連れて行った当時のマネジャーについては「お墓の下にいるけど、まだ許してない」と語っていた[24][25]。

2020年から、月刊詩誌「ココア共和国」(発行元:あきは詩書工房一般財団法人(仙台市))に掲載されたアマチュアの詩の中から、年間2本以上投稿した人を対象に選考の上「秋吉久美子賞」を授与している。審査員は秋吉と斎藤貢が務める[26]。

受賞歴
第12回ゴールデンアロー賞 映画新人賞(昭和49年)『赤ちょうちん』『妹』『バージンブルース』
プロデューサー協会新人賞(昭和49年)『バージンブルース』
第19回ブルーリボン賞 主演女優賞(昭和51年)『さらば夏の光よ』『あにいもうと』
第1回報知映画賞 主演女優賞(昭和51年)『あにいもうと』
第31回毎日映画コンクール 女優演技賞(昭和51年)『あにいもうと』
アジア映画賞主演女優賞(昭和51年)『挽歌』
芸術選奨新人賞放送部門(昭和52年)『下町のおんな 風子』
第30回ブルーリボン賞 助演女優賞(平成2年)『夜汽車』
第1回日刊スポーツ映画大賞助演女優賞(昭和63年)『男はつらいよ 寅次郎物語』
第62回キネマ旬報賞 助演女優賞(平成元年)『異人たちとの夏』
第43回毎日映画コンクール 女優助演賞(平成元年)『異人たちとの夏』
第31回ブルーリボン賞 助演女優賞(平成元年)『異人たちとの夏』
第13回くまもと映画祭女優賞(平成元年)『異人たちとの夏』
国際評論家賞(平成2年)『誘惑者』
モントリオール映画祭作品賞(平成7年)『深い河』
第19回山路ふみ子映画賞 女優賞(平成7年)『深い河』
第5回日本映画批評家大賞 女優賞(平成8年)『深い河』
第19回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(平成8年)『深い河』[27]
第14回日本映画批評家大賞 女優賞(平成17年)『透光の樹』

出演

映画
旅の重さ(1972年10月27日) - 加代 役
花心中(1973年)
十六歳の戦争(1976年8月19日 ) - 主演・埴科あずな / 有永みずえ 役(一人二役)
赤ちょうちん(1974年3月23日) - 霜川幸枝 役
妹(1974年8月14日) - 主演・小島ねり 役
青葉繁れる(1974年9月21日) - 若山ひろ子 役
バージンブルース(1974年11月22日) - 主演・畑まみ 役
炎の肖像(1974年12月28日) - 今西きりこ 役
昭和枯れすゝき(1975年6月7日) - 典子 役
挽歌(1976年) - 主演・兵藤怜子 役
さらば夏の光よ(1976年3月13日) - 主演・戸田京子 役
不毛地帯(1976年)
パーマネント・ブルー 真夏の恋(1976年)
あにいもうと(1976年)
突然、嵐のように(1977年)
八甲田山(1977年6月4日) - 滝口さわ 役
姿三四郎(1977年)
ワニと鸚鵡とおっとせい(1977年)
地球へ…(1980年)(アニメ映画) - フィシス 役[28]
の・ようなもの(1981年9月12日) - エリザベス 役
冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-(1981年)
さらば愛しき大地(1982年。監督 柳町光男)
凶弾(1982年)
誘拐報道(1982年)
ウィークエンド・シャッフル(1982年)
制覇(1982年)
あいつとララバイ(1983年)
地平線(1984年)
チーちゃんごめんね(1984年)
ひとひらの雪(1985年)
夜汽車(1987年)
男はつらいよ 寅次郎物語(1987年)
異人たちとの夏(1988年)
誘惑者(1989年)
紅蓮華(1993年)
レッスン LESSON(1994年)
深い河(1995年)
淀川長治物語神戸篇 サイナラ(2000年)
死びとの恋わずらい(2001年)
十七歳(2002年)
青の炎(2003年)
月の砂漠(2003年)
透光の樹(2004年)
パラレル 愛はすべてを乗り越える―。(2009年)
不良少年 3000人の総番(2012年3月)
ビターコーヒーライフ(2012年5月)
「わたし」の人生 我が命のタンゴ(2012年8月)
インターミッション(2013年2月)
笑顔の向こうに(2019年)
かぞく(2023年11月)[29]
テレビドラマ
太陽にほえろ! 第53話「ジーパン刑事登場!」(1973年7月、日本テレビ・東宝)被害者・中上タカコ 役
ボクのしあわせ(1973年、フジテレビ)
白い影 第10話(1973年9月、TBS)
ポーラテレビ小説「愛子」(1973年 - 1974年、TBS)山科役
木下恵介・人間の歌シリーズ「冬の貝殻」(1973年、TBS)
浮世絵・女ねずみ小僧(1974年、フジテレビ)
土曜日の女シリーズ「女子高校生殺人事件」(1974年、日本テレビ・ユニオン映画)美雪 役
春のもつれ(1974年、日本テレビ)
誰のために愛するか(1974年、NET・東映)
天下堂々(1974年、NHK総合)
東芝日曜劇場(TBS)
風は知っている(1974年、CBC)
はじめての休日(1975年、CBC)
ながれ藻(1975年、毎日放送)
嘘(1975年、HBC)
家族(1976年)
まつりのあとに(1978年、RKB)
薔薇婦人(1975年、日本テレビ)
許せない愛(1975年、TBS)
ポーラ名作劇場(NET → テレビ朝日)
黄昏にさようなら(1975年)
果て遠き丘(1978年)
家庭の秘密(1975年、TBS)
寺島町奇譚(1976年、NHK総合)
逢えるかも知れない(1976年、フジテレビ)
青春の門(1976年、TBS)
結婚するまで(1976年、TBS)
ドラマ人間模様(NHK総合)
妻たちの二・二六事件(1976年) - 由起子 役
夢千代日記シリーズ(1981年 - 1984年) - 芸者・金魚 役
婚約(1987年) - 保科レイ子 役
海峡物語(1977年、テレビ朝日)

大河ドラマ(NHK総合)
花神(1977年) - おうの 役
独眼竜政宗(1987年) - 猫御前 役
八重の桜(2013年) - 山川艶 役

(中略)

外部リンク
秋吉久美子オフィシャルウェブサイト
秋吉久美子オフィシャルブログ - Ameba Blog
Kumiko Akiyoshi (@ihavelightihavedog) - Instagram
秋吉久美子 公式ブログ - ウェイバックマシン(2021年6月17日アーカイブ分)
秋吉久美子 - KINENOTE
秋吉久美子 - テレビドラマデータベース
秋吉久美子 - NHK人物録


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