賤ヶ岳の戦いで小一郎を支える桑山重晴役は住田隆。「監督には『飄々とやって』と言われ…」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fd83e950a70b85e5f5aed60d08e8786d6635a7f2
賤ヶ岳砦を守備。僚友であった中川清秀が壮絶な戦死を遂げたにも関わらず、桑山は佐久間盛政とまともに戦うことなく、丸一日の交渉の後に砦を明け渡して撤退…していたところに、琵琶湖を渡ってきた丹羽長秀の増援部隊と遭遇。さらに秀吉本隊も到着したことから、回れ右して合戦に参加した みたいな流れ。
桑山のこの行動に関しては「臆病風に吹かれて持ち場から逃げた無能」と「策略をもって時間を稼ぎ出した有能」という二通りの解釈があるのだけれども、おそらく兄弟!では後者の解釈になるのだろう。
私個人としての解釈は前者。いわゆる美濃大返しは、本来は信孝のいる岐阜に向かっていた秀吉本隊が、川の増水で足止め食らっていたところに、佐久間盛政来襲の一報が入ったことで起きた偶然の産物。一日稼げば秀吉が駆けつけるなんて桑山に分かるはずがないだろう。
この次の戦いとなる紀州攻めで、桑山は自ら敵の首をとって感状をもらっているのだけれども、城主も任される地位になってから無茶やっているというのは、賤ヶ岳でやらかしてしまったことへの償いアピールだったのかもしれない。そして秀吉から特に疎まれていたというエピソードもないのだから、秀吉からは許されたのだろう。
義兄である中川清秀を見殺しにされた古田織部なんかは、桑山にどんな感情を持っていたのだろうかと思ったけれど、桑山の息子は織部の弟子になっているのだから、特に遺恨のようなものはなかったのかもしれない。憎まれないキャラクターだったのかもなと。
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