2度の改易から復活した武将・多賀秀種とは?豊臣秀長に仕えた半年間と波乱の生涯
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堀秀政の実弟。秀政が小田原攻めで陣没したことに伴って秀長の軍勢に編入されて、そのまま秀長の与力になった人。
もっともこの頃の秀長は、小田原攻めに軍勢は出したけれど、自身は病が重くて畿内に留まらざるをえないという状況。主君であった兄を病で亡くしたばかりの秀種が、重い病の秀長に仕官したというのは、どういう心情であったのだろうか。
まぁたとえ秀長が長いこと生きられないにしても、若くて健康で将来性のある秀保という後継者が決まっていたのだから、仕官先としては何の心配もなかったような気もするが。まさか実兄の秀次と同じようなタイミングで「急死」するなんて、小田原の時点では誰も想像してなかっただろうし。
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