羽柴秀長の後継者だった?若くして消えた与一郎の悲劇
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/24399f5445c7c8817b5e0106b6acb15d1b1f543e
大門先生コラム。史実での与一郎についてなのだけれども、そもそもの資料が少なすぎて あまり書けることがなかったというオチ。
>与一郎は仮名を名乗っていたことから、亡くなった時点ではすでに元服を済ませていたと考えられる
ヤフコメがここに噛みついている人がいて、「実名が伝わってない以上、与一郎が仮名かどうかは分からない」と言うのだけれども、当時の人名を見れば武士における「○郎」が仮名なのはほぼ間違いないわけで、なんだかすごいユーザーがでてきたなと。
世間一般的に十一男を表すはずの「与一」が、なぜ秀長の長男に付けられたのか という疑問は残る。親や祖先の仮名を受け継ぐパターンもあるのだけれども、木下兄弟!は素性がハッキリしない人たちなので、そういった前例があったのかどうか分からない。
…と、ここまで書いておいて柘植与一は与一が実名であると知って驚愕する。もっとも正式には與一(ともかず)で、与一は異体字表記。ちなみに、いくつか伝わる仮名のうちの一つが与八郎で、与八郎与一とか書くとキメラ感あるなと。
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