織田信長に敗れた荒木村重のその後――妻子を失った謀反人は、なぜ茶人として復活できたのか?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b90c3c1259141053ddeb69f60b90236ece7ac550
>「なぜ」という問い掛けに対する答えが提示されていない
相変わらずコメント欄でツッコミ入れられている大門先生コラムだけれども、今回に関しては特に問題ないように思われる。
>村重に諸大名や茶人仲間との人的なネットワークがあったからなのか
>それとも茶道具を持っていたからなのか
そのままズバリそれが理由でいいのだけれども、「これが理由だ 1つ目は〇〇」みたいに書かないとダメなのだろうか。
>世捨て人になったのなら人との交際も極力避けて隠棲しそうなもの
「世捨て人」云々は本文中の道糞のエピソードで書かれていることだけれども、そのエピソード自体「史実として認めることは難しい」と本文中で切って捨てられているのだから、そこをツッコむのは筋違いだろう。なんだかなと。
村重の赦免。まぁ黒幕であった毛利や本願寺、足利義昭とすでに手打ちになっているのだから、村重とだって手打ちだろうと。さらにいうと、村重とともに毛利に保護されていた長男・村次は、本能寺後に秀吉に仕えていて、賤ヶ岳で奮戦して重傷を負い歩行障害になっている。秀吉が荒木親子を憎む理由はどこにもないだろうと。
>村次の没年は不詳であるが、その子・村光は黒田藩に仕えた
有岡城での官兵衛拘束も、水牢云々に信頼できるソースは全く無し。孫の村光をひっくるめて黒田家に仕えた村重の縁者が少なくないことから、有岡城での官兵衛の待遇は むしろ丁重だったのではないかという説もある。おそらく、そっちの方が実態に近いだろうと。
妻子を捨てて自分だけ城から逃げた云々も、現在では兵を伴っての戦略的な移動だったという説が有力。武将としておかしなことはしてなかったのだから、没落後に復活したとしても何の不思議もないのだよなと。
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