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2026年02月09日11:45

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ところが、清洲城に到着すると、大沢の荷物から毒を塗った「苦無(くない:忍者が用いる忍具の一種)」が発見される。それを知った信長は大沢の処刑を命じることに……。>《《父殺しのパラドクスは母を救うためでは

<「上様ならびに殿様、いずれもなんのお障りもなく明智光秀による襲撃から切り抜けなされた」

 一読して分かる大嘘である。上様とは織田信長、殿様とはその息子で織田家の当主となっていた織田信忠のこと。二人とも死去しているにもかかわらず、「何のお障りもなく」とは、あまりに大胆な嘘だ。

 そのとき中国地方で毛利と戦をしていた秀吉は、そんな嘘っぱちな手紙を出しつつ、すぐさま毛利方との和睦をまとめた。そして異常なスピードで備中高松城から上洛。200km以上もある道のりをわずか10日で駆けつけて、明智光秀を討つ。いわゆる「中国大返し」をやってのけている。

 そんな秀吉と家康が唯一直接対決したのが、天正12(1584)年の「小牧・長久手の戦い」である。そのときの家康の書状もまた嘘ばかりだった。

 家康は、家臣の平岩親吉と鳥居元忠に「池田紀伊守(恒興)、森長可、堀秀政、長谷川秀一ら敵の大将を始めに1万人を討ち取った」と書状に書いている。だが、実際に討ち取ったのは池田恒興・元助の親子、そして森長可らであり、堀秀政や長谷川秀一らは無事だった。

 翌日には、丹波氷上郡の土豪である赤井(蘆田)時直にも書状を出しているが、やはり嘘の戦果を書き綴っている。確信犯としか言いようがない。

 信長亡き後に本格化していく家康と秀吉の腹黒対決。今から楽しみだ。>

<御前試合でも圧倒的な強さを見せた利家。実際にも「槍の又左」と呼ばれるほどの槍の名手だった。信長が弟・信勝に打ち勝った「稲生の戦い」では、敵の矢が右目の下に突き刺さった状態でも、利家は戦い続けたというから、すさまじい。>

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大河『豊臣兄弟!』利家を「犬」秀吉を「サル」呼ばわりの織田信長が見せた意外な優しさ、励まされた相手は?
真山 知幸 によるストーリー • 2 日 • 読み終わるまで 8 分


信長公出陣の像(清洲公園、写真:Brunch/PIXTA(ピクスタ)
信長公出陣の像(清洲公園、写真:Brunch/PIXTA(ピクスタ)
 2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長にスポットライトが当てられ、そのユニークな視点で話題を呼んでいる。天下人となる秀吉(演:池松壮亮)を、秀長(演:仲野太賀)は右腕としていかに支えたのだろうか。第5回「嘘から出た実(まこと)」では、織田家中で御前試合が開かれることになり、秀吉は前田利家と対決するが……。今回放送の見どころについて、『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

“熱血指南”の直後に裏返る家康の「二枚舌」
 徳川家康といえば「腹黒い」「狸親父」といった印象が強く、天下統一を目指した「三英傑」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)のなかでも、不人気な武将として知られる。
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 今回の『豊臣兄弟!』では登場して間もないが、早くも腹黒さを発揮した。名が「徳川家康」ではなく「松平元康」の頃となる。本稿では「家康」で統一する。

「桶狭間の戦い」で大将の今川義元が討たれて敗軍になると、兵糧をむさぼるように食べる家康。重臣の石川数正から急かされても涼しい顔で食べ続けて、こう言ってのけた。

「我々が必死で守った兵糧じゃ。すべて信長に奪われたのではしゃくではないか。少しでも減らしてやるのじゃ」

 そんな「桶狭間の戦い」から2年後の永禄5(1562)年、信長と家康との間に清洲同盟が結ばれた。この清洲同盟は、信長が東の今川家を気にすることなく、美濃攻めに集中するために結ばれたもの。家康にとっても、三河から今川の領土へ攻め入るための基盤づくりに注力できる、というメリットがあった。

 今回の放送では、清洲同盟の締結後、尾張から岡崎に帰る家康を、秀吉が見送ることに。道中で秀吉が「どうすれば松平様のようにお偉くなれますでしょうか」とアドバイスを求めると、家康はこう返答した。

「たやすいことよ。信長殿を信じることじゃ。そして誰にもできぬことをやってのけるのじゃ。恐れず、己を信じて突き進むのじゃ」

 さらに左手で胸を叩くと「大事なのはここじゃ」と言って「熱意が人を動かし、勝敗を決する」と伝えている。

 案外熱い男だと思いきや、秀吉と別れるや否や、家康は「すべて逆のことを言うてやったわ」と言って、家臣の数正と腹を抱えて笑いだした。

数正「何が大事なのはここでございますか。白々しくて思わず吹き出しそうになりましたわ」

家康「織田の下侍になんでわしの考えを教えねばならんのだ」

 相当に意地が悪いように描かれているが、ここまで振り切ってくれると清々しく、SNSでは「これまでの家康で一番好き」という声も。ほかの者に渡したくないと兵糧を食べまくったのも「相手の利になることは絶対にしない」というポリシーを感じる。

 史実では、やがて石川数正が家康を見限って、豊臣秀吉側に寝返ることになる。通常ならば家康がショックを受ける場面となるが、『豊臣兄弟!』での家康なら「やるではないか」とむしろ感心しそうなくらいだ。「いつも冷静な家康」が今後の展開のなかで、激情に駆られることはあるのだろうか。

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秀吉も負けずに家康と繰り広げた「嘘の応酬合戦」
 それにしても、ドラマでの秀吉へのアドバイスが真意とは「すべて逆」ということは、「信長を信じるな」「凡事徹底」「自分を疑え」「勝敗を決するのは熱意ではない」といったところだろうか。いかにも家康らしい。

 秀吉がこの家康と対峙することを思うと、なかなか手こずりそうだが、秀吉もまた腹の底が読めないという点では負けてはいない。

 分かりやすいのが、「本能寺の変」で信長が明智光秀に討たれた後に、秀吉が出した手紙だろう。摂津茨木城主の中川清秀に事態の顛末を聞かれて、次のような手紙を書いた。

「上様ならびに殿様、いずれもなんのお障りもなく明智光秀による襲撃から切り抜けなされた」

 一読して分かる大嘘である。上様とは織田信長、殿様とはその息子で織田家の当主となっていた織田信忠のこと。二人とも死去しているにもかかわらず、「何のお障りもなく」とは、あまりに大胆な嘘だ。

 そのとき中国地方で毛利と戦をしていた秀吉は、そんな嘘っぱちな手紙を出しつつ、すぐさま毛利方との和睦をまとめた。そして異常なスピードで備中高松城から上洛。200km以上もある道のりをわずか10日で駆けつけて、明智光秀を討つ。いわゆる「中国大返し」をやってのけている。

 そんな秀吉と家康が唯一直接対決したのが、天正12(1584)年の「小牧・長久手の戦い」である。そのときの家康の書状もまた嘘ばかりだった。

 家康は、家臣の平岩親吉と鳥居元忠に「池田紀伊守(恒興)、森長可、堀秀政、長谷川秀一ら敵の大将を始めに1万人を討ち取った」と書状に書いている。だが、実際に討ち取ったのは池田恒興・元助の親子、そして森長可らであり、堀秀政や長谷川秀一らは無事だった。

 翌日には、丹波氷上郡の土豪である赤井(蘆田)時直にも書状を出しているが、やはり嘘の戦果を書き綴っている。確信犯としか言いようがない。

 信長亡き後に本格化していく家康と秀吉の腹黒対決。今から楽しみだ。

敵の矢が突き刺さっても戦った「槍の又左」利家
『豊臣兄弟!』では、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長の視点で戦国時代を見ていく、というのが斬新な点だ。キーパーソンの一人となるのが、信長の家臣・前田利家である。

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 今回の放送では、前田利家の有能ぶりが、これでもかとばかりに描写された。

 秀吉が信長に「我が母の漬けた香の物でございます。朝餉(あさげ)の菜にお召し上がりください」と差し入れをするも、信長からは「さっき又左からもまつの漬けた漬物をたんまり渡された」と断られてしまう。「又左」というのは、利家の通称が「又左衛門」だったことから、つけられた呼び名である。

 ならばと、秀吉が今度開催される御前試合の参加者リストを信長に手渡すも、これもすでに利家から受け取っているという。

 御前試合でも圧倒的な強さを見せた利家。実際にも「槍の又左」と呼ばれるほどの槍の名手だった。信長が弟・信勝に打ち勝った「稲生の戦い」では、敵の矢が右目の下に突き刺さった状態でも、利家は戦い続けたというから、すさまじい。

利家追放の真相、ドラマでは明かされなかった「いさかいの相手」
 秀吉はライバルの活躍に悔しがったが、利家からすれば、ただただ必死だったと思われる。

 その理由は信長の「一度は追放したが、あれでなかなか気の回る男よ」という一言に潜んでいる。ドラマでは、秀長の妹あさひの夫・甚助が事情通のようだ。こんな説明をしている。

「前田様は槍の又左といわれた手だれとお聞きしました。いっとき殿さまに追放されたのも、いさかいを起こした相手を斬り殺したせいだとか」

 ここは説明が必要だろう。織田信長の家臣である篠原主計(かずえ)の娘・まつと結婚し、順風満帆だった利家だが、永禄2(1559)年にある事件を起こす。信長に仕える拾阿弥(じゅうあみ)を斬り殺してしまったのだ。

 きっかけは拾阿弥が利家をからかって、笄(こうがい:日本刀の鞘に取り付けられた小道具)を盗み出したことだった。

 もともと振る舞いに問題が多い人物だったため、利家が「拾阿弥を成敗したい」と申し出るも、信長が拒否。抗議の意味を込めて、利家は信長の目の前で拾阿弥を成敗したとも伝えられている。

 利家としても、処分は覚悟の上だっただろう。本来は死罪にされるところだったが、柴田勝家や森可成らからのとりなしがあり、出仕停止処分が下されることになった。

 信長の怒りが解けるまで大人しくするほかなさそうだが、そこは「槍の又左」。戦と聞けば、じっとはしていられなかったようだ。

 永禄3(1560)年に「桶狭間の戦い」が起こると、勝手に参戦して武功を上げている。さらに、永禄4(1561)年に美濃へ侵攻した「森部の戦い」でも活躍し、ようやく復帰が許されることになった。

戦国大名きっての「あだ名の達人」だった信長の“観察眼”
 そんな背景を踏まえると、利家からすれば秀吉よりも「挽回せねば」と、御前試合にかける思いが強かったともいえそうだ。客席からは、利家の妻まつが「旦那様! サルは山へ追い返してください!」と檄を飛ばすと、のちに秀吉の妻となる寧々がムッとして、こう叫んだ。

「藤吉郎さん! そんな犬っころに負けたら承知しませんよ!」

 結局、試合に勝ったのは利家で、信長からは「犬、見事であった。褒美をとらせる」と言われている。「犬」と呼ばれた理由は、利家は幼名が「犬千代」だったことから、信長がそうあだ名をつけたようだ。

 実際に信長はあだ名をつけるのが好きだった。秀吉を「サル」と呼んだのは有名だが、もっとひどいあだ名もあった。それは「はげねずみ(禿鼠)」である。

 のちに浮気を繰り返す秀吉のことを「禿鼠」呼ばわりしながら、「あの禿鼠が、あなたほどすばらしい女性をほかで見つけられるはずない」と、秀吉の妻・寧々を励ます書状が見つかっている。

 そのほかにも、四国で存在感を示す長宗我部元親のことを「鳥なき島の蝙蝠(こうもり)」と、ローカルさをいじったこともあった。『豊臣兄弟!』では、しばらく信長が物語をけん引することになる。信長ならではの呼び名に注目してみても面白いだろう。

人質になる覚悟で秀吉が開いた突破口
 今回の放送では、御前試合で利家に敗れた秀吉が信長から「そのしくじりを埋め合わせたくはないか?」と持ちかけられて、鵜沼城(うぬまじょう)の調略を命じられることになった。

 ミッションは、鵜沼城主の大沢次郎左衛門(おおさわ じろうざえもん)を説得し、美濃の斎藤方からこちら側に引き入れる、というもの。のちの戦で数々の調略に成功する秀吉だが、今回のドラマではその兆しが見て取れた。

 秀吉は胸襟を開くと相手の懐に飛び込み、大沢次郎左衛門の心を動かすことに成功。自らが人質となり、相手の安全を保障した上で、秀長の案内で大沢は清洲城に向かうことになった。

 ところが、清洲城に到着すると、大沢の荷物から毒を塗った「苦無(くない:忍者が用いる忍具の一種)」が発見される。それを知った信長は大沢の処刑を命じることに……。

 次回は第6話「兄弟の絆」。ただし「衆院選開票速報」によって休止となるので、本連載も特別編をお送りしたい。

【参考文献】

『現代語訳 信長公記』(太田牛一著、中川太古訳、新人物文庫)

『多聞院日記索引』(杉山博編、角川書店)

『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(竹内理三編、臨川書店)

『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(河内将芳著、戎光祥出版)

『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究』(柴裕之編、戎光祥出版)

『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社編、新人物往来社)

『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(真山知幸著、日本能率協会マネジメントセンター)

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ー
https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%E5%A4%A7%E6%B2%B3-%E8%B1%8A%E8%87%A3%E5%85%84%E5%BC%9F-%E5%88%A9%E5%AE%B6%E3%82%92-%E7%8A%AC-%E7%A7%80%E5%90%89%E3%82%92-%E3%82%B5%E3%83%AB-%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%AE%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%81%9F%E6%84%8F%E5%A4%96%E3%81%AA%E5%84%AA%E3%81%97%E3%81%95-%E5%8A%B1%E3%81%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%9B%B8%E6%89%8B%E3%81%AF/ar-AA1VQBux?ocid=msedgntp&cvid=698936c1663243709060d63c96140047&ei=14
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