■立憲民主党と公明党 新党の名称を「中道改革連合」とする方針固める きょう党のロゴなど発表予定
(TBS NEWS DIG - 01月16日 05:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8633603
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立憲民主党と公明党が、きのう結成で合意した新党の名称を「中道改革連合」とする方針を固めたことがわかりました。
複数の関係者によりますと、立憲と公明は新党の名称を「中道改革連合」とする方針を固めました。きょう、党のロゴとあわせて正式に発表する予定です。
立憲民主党 野田佳彦 代表(きのう TBS「news23」)
「我々は食料品の消費税ゼロを訴えてまいりましたし、公明党も財源も含めて、消費税の減税について触れてこられています。今それをどういう形でやっていくか最後の詰めをしている」
立憲の野田代表と公明の斉藤代表はきのう、TBSの「news23」に出演し、次の衆院選で訴える消費税の減税などについて「最終の詰めをしている」としました。
また、斉藤氏はきのう午後、公明党の地方議員向けに説明会を実施し、「立憲の人を推すのではなく、立憲を離党して公明が提案した政策に賛同した人を推す」などと理解を求めたことを明らかにしました。
両党とも衆院選が目前に迫っていることから、新党設立について地方組織への説明を急ぎ、理解を得たい考えです。
新党の綱領は、早ければきょうにも発表する予定です。
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新党結成というのは、それなりの大事象である。政治においては、もう決定的なくらいの大事件でもある。それが今後を決めるものでもあるからだ。故に新党結成のピークは名称公表にある。ここが最大のピークである。新党というものは、そこで高い所に打ち上げられた後は、自由落下してゆくグライダーのようなものだ。風を捕まえられず、落下を続ければ、いつかは地上に落下する。
その意味では、民主党は、アメリカであれ、日本の歴史であれ、代表的な党名であり良い響きを持っていた。またそれに続く立憲民主党も、概念性を込めた気持ちというか、信念が感じられて悪くはなかった。
もちろん立憲という概念とここで初めて出会った人もいるだろう。立憲とくれば通常は立憲君主制である。先の戦争に少しでも疑問があれば、昭和天皇が戦争を止められたのではないかという疑問に対して、帝国憲法は天皇独裁制ではない事、天皇は立憲君主制として振る舞うべくかなり自重して振る舞っていた事、天皇機関説など有力な考え方は当時の日本人自身の手による葬りされるくらいに、当時の人々は無知であり、かつ政争のしか興味を持っていなかった事程度なら、数年程度で学ぶ事が出来るであろう。そういう興味もない場合は、恐らく日本で立憲という用語と出会うのは難しいと思われる。
昭和天皇は輔弼機関を超えて自ら決断を下したのは、226事件を自ら鎮圧すると宣言した時と、敗北の御前会議の席での二つだけと言われている。少なくとも伝え聞く限りでは本人はそのように自覚していたらしい。
この時代にも政党政治はあった。最終的には大政翼賛会に集約し没落するのだが、それまでには自由党、憲政党、立憲民政党などがあり、共産党、社会党、労働党も戦前から存在する。
アメリカは民主党と共和党、イギリスは労働党、保守党、緑の党などをよく聞く。フランス、ドイツ、イタリアなどはなんかよく分からない標語みたいだ。恐らく日本語訳では伝わらないニュアンスと音の響きがあるのだと思う。日本語だと間抜けだと思ってはならない(思ってもそれは間違いだと認識しなければならない)。
戦後日本では自由民主党、社会党が伝統ある党名であるが、ちり芥を含めれば様々と生まれてきた。著名なものとしては新自由クラブ(河野洋平)、日本新党(細川護熙)、新党さきがけ(武村正義)、新生党、新進党(小沢一郎)、結いの党(江田憲司)などがある。
日本の戦後政治は自由民主党の55年体制が長く続くが、冷戦終了(1989)後のバブル崩壊(1986-1990)後の1993年の選挙で自民党が負けた時に連立が模索される細川連立政権(1993-1994: 日本新党、日本社会党、新生党、公明党、民社党、新党さきがけ)が誕生した。だがこれらは短命を迎え、村山富市内閣(1994-1996:自由民主党、日本社会党、新党さきがけ)で未曾有の神戸大震災に立ち向かう事になる。
様々な連立政権があるにしろ、そこに記載された党名はそれなりの輝きがある。しかし、どうみてても、連合と名の付く政党は日本では軽い。軽いというか小規模なイメージがある。その理由としては連合と言えば、連合赤軍だからである。ここでまさかの連合軍をイメージする人間はすこしネジが取れている。そうでなければ労働組合であるが、これも支持母体にはなりえても、主体というイメージはない。
名前を見れば何年先まで残るだろうかくらいはある程度のイメージは出来るものである。だが、そこにはその言葉が持つ、理念、理想、意図、願望が感じられるべきだろう。
中道改革連合、中道とは何か、改革とは何か、それらを結びつけるものが連合?なぜ惑星自由同盟であって、惑星自由連合ではないのかをもっと理解すべきだ。五感は理屈では立たない。そこを見失えば簡単にポルポトみたいなことをしてしまう。
中道とは真ん中という意味だろう。一般的にはガウス分布の真ん中である。これは政権を取るために、最大の勢力(中央値)を狙うという意味になる。だが、こんなもの理念でもなんでもない。大衆迎合と同じ意味になる。
革命とは何か。日本で改革と言えば小泉改革であるが、これは完全な失敗であった。これをリセットしない限り日本再生はあり得ない。そこに目を向けずまだ改革と叫ぶならば、これはもう空虚であろう。国民は改革にはもう飽き飽きである。そんなものでこの国では変わらない。
このセンスのなさは致命的であろう。これだけネーミングセンスがない人間たちが、どのような社会構造を設計、法律を立案できるというのか。最も重要な政党名になにひとつも理念を込められず、そして、ただ選挙に向けた方針だけを並べたような名前を堂々と発表できるこのセンスをなぜ認められるのだろうか。
愚かすぎる。理念も理想も関係なく、ただセンスの欠落。誰が、これを支持できるのか。誰が、この名のもとに人々が集まってくるのだろうか。まだガンダムニュータイプとでも名乗ってくれる方が支持できる。
野田佳彦が党首になった時から嫌な感じはあった。斉藤鉄夫もこれに同意したなら、これはもう失望的だ。戦う前からこけている。雰囲気でいえば、自民党の前に立つ前に、もう両足複雑骨折である。これで勝てると思えるセンスが信じられない。
次の選挙では確実に野田佳彦が戦犯となるだろう。公明党の支持基盤だけでどれだけの勢力を得られるのだろう?そのためだけの新党ならば、高市早苗が自分の権勢を維持するためだけに選挙を決めたのと同じだ。この選挙はプーチンやネタニヤフが目指したのと全く同じ理由から始められるものだ。それに立ち向かうための危機感がこんな名前を生み出した。
こんなセンスの人たちと分かり合えるとは全然信じられない。
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