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2026年01月14日20:43

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23区の島を歩く&東京再発見新年会

東京再発見の「23区内の島を歩く」企画に参加してきました。
集合は浦安駅になりましたが、ここで降りたのは多分非常に久々です。
京葉線ができる前はここがディズニーランド最寄り駅で、21世紀に入ってからもしばらくその面影の残る表記や看板が結構あった気がするのですが、今はパッと見た限り見当たりません。
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集合前に食事にし、駅前の富士そばでカレーカツ丼を食べてから、駅前に集合しました。
最初に向かったのは旧江戸川に浮かぶ妙見島で、23区唯一の天然の島とも言われています(正式には違うけど現存の島らしい島となるとそうかもしれない)。
東西線に乗っていると線路北側(都心方面から来ると進行方向左側)に中州が見えるので、存在を知っている人は多いかもしれませんが、足を踏み入れる機会はなかなかなさそうな場所です。
浦安橋の途中に妙見島への降り口があり、首都高の一部の出入口みたく車道の内側にあるのが面白いですね。
そして、島へ降りたところにいきなりラブホテルがあるほか、あとは工場があったり、川の中州で海にも近いという立地上マリーナがあり、一般住宅は皆無です。
いきなりラブホテルがあったりあとはほとんど工場というのは異様にも思えるのですが、住宅街から隔絶されているという場所柄そうなったのだと思います。
そして堤防沿いを歩いていくと途中に石像があり、だいぶ風化しているので何かは分かりませんが、それだけ古くから人の営みがあった場所であることを証明しています。
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また、島の中央には妙見神社もあります。
ちなみに今はコンクリートの堤防で囲まれているので島が動くことはまずないのですが、川の流れによって上流側はどんどん削られ、逆に下流側は土砂が堆積していくため、コンクリートで固められる前は島が下流に向かってどんどん動いて行っていたそうですね。
妙見島を歩いた後は江戸川区側から妙見島を見ました。
河口近くということで魚の種類も豊富そうだし、上流側の突端はおそらく釣り人が喜びそうな場所ですが、私有地なので立ち入ることはできません。
その後は旧江戸川と荒川を結ぶ運河である新川の旧江戸川方の河口を見ました。
昨年5月頃に所用でこの近くに来ているのですが、河口まで行きたいけど行く時間がなく、忘れかけていた今回にそれが実現しました。
河口部分だけ暗渠になってそこが公園になっているほか、水門もあります。
また、河口付近には雷不動明王道標の碑もあります。石碑自体は近くの寺に移設されたとのことです。
その後は旧江戸川の派川の一つであった長島川の暗渠の遊歩道に行きました。
旧江戸川からの分岐点に橋の欄干がしっかり残っているのが印象的でした。
次いで明和五年と彫られた庚申塔、下今井香取神社、称専寺などを見ました。
この辺りは寺社仏閣密度が非常に高いのですが、かつては長島川を挟んで別々の村で、今は一つの寺町のように見えるけど、川で隔てられていたときはそれぞれが完全に別々の生活圏だったそうです。
次いで智光院、正圓寺、清光寺、大当稲荷神社などを見て長島香取神社に行きました。
ここには富士塚もあります。
次に訪れた東善寺には、江戸川区が成立する前の東京府南葛飾郡葛西村だった頃の表札がついているのも印象的でした。
その後は梵音寺、長島稲荷神社、自性院を見て、この周辺の寺町を見終えました。
なお、自性院は梅が早くも咲いていたほか、本堂の白壁と窓のデザインが独特なのが印象的でした。
その後は葛西駅に向かい、途中の長島町交差点近くでは長島川が親水緑道になっていて、長島橋の親柱も残されていました。
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そして、環七通り沿いのラーメン店の前にフクロウがいるのを発見。
最初は置物かと思ったら、まさかの本物で動いたので驚きました。
この店の店長として飼われているそうで、機会があればここのラーメンも食べてみたいですね。
そして、葛西駅から東西線で門前仲町へと移動になり、前半の部は終了しました。

後半の部は門前仲町駅をスタート。
最初は大横川の黒船橋を見ました。
大横川は、東京スカイツリー付近から南下し、木場付近で西へと曲がって最終的に隅田川へと続く運河で、元々は何ヶ所かで分割されて小分けになって場所によって亥の堀川、大島川など異なる名前だったそうですが、河川法改正の際に現在の大横川の部分が全て同じ名称に統一されたそうです。
ここは隅田川合流点に近い末端部になります。
そして、隣の越中島橋との間の川沿いに120年の歴史を持つ臨海小学校があり、名前の通り開港当初は埋立地もなかったので海のそばだったとのことですが、今は「臨海」とは程遠い場所になってしまいました。
ここで越中島橋を渡って越中島に入りました。
かつては名前の通り島でしたが、今は埋め立てが進んで島の面影は失われてしまっています。
そして、越中島駅や商船大学前歩道橋を経由して東京海洋大学に向かいました。
京葉線の越中島駅といえば、23区内で最も乗降客数の少ない駅として知られますが、決して閑散としている訳ではなく、地下鉄2路線が乗り入れる門前仲町、月島などへ徒歩圏内であり、そちらの方が利便性が高いこともあってあまり利用されないという事情があります。また、大江戸線はこの下を通過していますが、両端の駅までの距離が近すぎたり隅田川派川の下をくぐるトンネルの坂道があって駅を作りにくいことなどから、越中島で京葉線に接続することなく通過しています。
そして東京海洋大学は商船+水産の両大学の合併によって誕生しましたが、歩道橋の名前は今も商船大学のままです。
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東京海洋大学は敷地内に古い建物がいくつかあって見学できました。
まず最初に見たのは、1903年(明治36年)築の旧東京高等商船学校天体観測所です。
ドーム型屋根の第一観測所と三角屋根の第二観測所があり、第一観測所は八角形+円柱で赤道儀室、第二観測所は八角形で子午儀室となっています。
次いで見た1号館(旧東京高等商船学校本館)は1932年(昭和7年)の建築で、半円形のアーチになった正面玄関や窓の形状などが非常にユニークでした。
その後は敷地内に保存展示されている明治丸を見ました。ちなみに昨年が就航150周年でした。
灯台巡視船として建造され、後に無事に帰港した日が「海の日」の由来となる明治天皇の北海道・東北巡幸にも使われたという歴史を持つ船になります。
その後は相生橋を渡りますが、相生橋の途中には中の島があり、こちらは中の島公園となっていますが、現在は工事中で入れません。
相生橋を渡り切った先は石川島になります。
松本零士プロデュースの水上バスがちょうど通過した頃でしたね。
また、ちょうどこの下を都営大江戸線が通過していることもあり、10年ごとに更新される河川法に基づく東京都交通局の河川占用許可の標識が立てられています。
隅田川河口の三角州を埋め立てて作られ、旗本・石川八左衛門にちなんで名付けられ、江戸時代には無宿者や軽犯罪者の更生のための人足寄場になり、幕末には水戸藩が石川島造船所を建造し、これが後の石川島播磨重工業(現・IHI)となります。
現在は造船所がなくなって再開発され、「大川端リバーシティ21」となっています。
現在の有楽町線や大江戸線の延伸開業を伴う大規模再開発であることなどから、子供の頃からニュースなどでしきりに耳にした単語ですが、このおかげで隅田川の旧名称の一つが「大川」であることを知るきっかけにもなりました。
ちなみに実は私、中央大橋横の石川島公園公衆トイレの建設に関わったことがあり、学生の頃に免許取り立ての頃(1997年頃)に実家の黒煙吐きまくるボンゴブローニイトラックを運転してここに来て、父親と一緒に公衆トイレの窓ガラスを運び込んで設置しました。
また、中央大橋は独特な形状の橋ですが、この吊り橋部分をフランスの建築家がデザインしたことや隅田川がフランスのセーヌ川と友好河川となっていることなどから、石川島公園には「パリ広場」があります。
その後は下が公衆トイレになっている石川島灯台を通過して、細い水路に架かる住吉小橋を渡って佃島へと入りました。
全方位ではないまでも四方のうち北から東をこの細い水路、西側を隅田川に囲まれているので、佃島は今でも島らしい体裁を保ち続けていますね。
ちなみに佃大橋ができる前の対岸への移動は、渡し船だったとのことです。
ここは、再開発で高層ビルになった石川島とは打って変わって昔ながらの街並みが広がっているのが特徴的で、佃煮の天安など古い建物も沢山あります。
天安の店舗はかなり古い木造の店舗ですが、現在に至るまでに増改築を繰り返してきたと思われ、店舗と繋がっている後ろの部分はおそらく昭和中盤くらいっぽい建物、隣のビル(おそらく平成以降の建築)が別棟に見えて実は古い木造の店舗としっかり繋がっているなど、まるで九龍城かと思ってしまう継ぎ足し建築なのが印象的でした。
その後は井戸もある狭い路地を抜けて、佃島のランドマークかと思われる住吉神社に行きました。
どちらかというと関東には少ない住吉神社がここにあるのは、佃島が関西から移住した漁民によって開拓されたという歴史もあるのでしょう。
その後は朱塗りの佃小橋を渡りました。橋の横にはマンションと一体の建物だけど日の出湯という銭湯もあります。
佃島での最後は浪除稲荷大明神を見て、交差点を渡って月島へと入ったところで散策は終了となりました。
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散策終了後は「月島もんじゃ居酒屋こだま」にて新年会となりました。
まずはビールで乾杯し、最初にガツ刺しや海鮮焼きなどが登場。
その後にもんじゃ焼き、お好み焼き各1種類ずつが登場し、最後は焼きそばで〆となりました。
ビールは1杯で止めるつもりだったのが、間違って2杯届いたので飲んでしまったらかなり酔いましたが、翌日の仕事(しかも早番)には響くことなく何とか無事に帰宅しました。

今回の日記、その他写真は、こちらにもアップしております。
(1)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/29302657.html
(2)http://blog.livedoor.jp/silkroad_vx/archives/29308876.html
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