みちのくの戦国の世に、“大河では決して描かれることのない”愛に生きた武将が実在した!『炎かがよへ』先行キャスト解禁
https://www.banger.jp/news/159590/
>人質の身から当主に這い上がり、織田信長からも一目置かれた男・蘆名盛隆
>“会津の雪豹”との異名で知られた稀代の戦国大名
「一目置かれた男(迫真)」まではギリギリ耐えられたのだけれども、急に生えてきた変な二つ名と「妙にちゃんと縫製してある雪豹っぽい毛皮のマント」でダメだった。1〜2分ほどゲラゲラ笑った。
「会津の雪豹」。いや、豹はともかくとして雪豹が日本で知られるようになったのは近代になってからのはずだし、豹ですら江戸時代まで「虎のメス」だと思われてた程度の認知度なわけで、さすがに雪豹は無理があるだろうと。まぁ蘆名盛隆は「男色での痴情のもつれで殺された」と言われているので、それを踏まえて「豹(=メス)」という意味合いで名付けたのだとしたら、それはなかなか含蓄あるなと思うが、多分そんなことはないのだろうなと。
とりあえず雪豹の毛皮は現代ですらめっさレアリティ高いのだから、自分でカジュアルに着こなしたりしないで、天皇になり天下人になり贈って、点数を稼げよと。
アニマル系二つ名といえば、龍造寺隆信の「肥前の熊」。今では当然のように使われている二つ名なのだけれども、これにもマトモな典拠というものが存在していないようで、歴史系雑談スレで「最上義光の羽州の狐や、斎藤道三の美濃のマムシと同様に、近代になってからでっち上げられたものではないか」という話になっていた。おそらくそうなんだろうなと。
しかし、九州のクマに正式な絶滅宣言が出されたのは1970年代だけれども、近代に入った頃にはすでにマトモな個体数ではなかったはず。いくら体格がアレだったからと言って、わざわざ九州の大名にクマの二つ名つけるのもなと。滅ぼされたことまでひっくるめてクマと名付けたのであれば、それはなかなか含蓄あるなと思うが、多分そんなことはないのだろうなと。
まぁ近代になってからでっち上げた二つ名でも、今では完全に定着してしまったのだから、「会津の雪豹」も数十年後には定着しているのかもしれない。
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