今朝は5時起き。
昨日寝たのが25時を廻っていたから、よくもまあこんな時間に起きれたものだと感心する。
手早く準備を済ませて、22分頃に汁パレスを出る。
駅へ向かう途中、フレスコでお握りを買っておいた。
四条発5時55分の竹田行きに乗車。
京都で下車し、新幹線ホームへ移動する。
新幹線も今年3月以来だが、コンコースに駅員手作りの京都観光案内があった。
6時14分「のぞみ210号」東京行きに乗車する。
指定席が満席だったから、自由席に並ぶが既にもの凄い行列になっていた。
案の定、自由席は足の踏み場もない位の混雑に。
放送で7号車から4号車のデッキにと案内があったから、4号車のデッキの海側ドア脇に立つ。
普段、新幹線に乗車する時は山側ばかりだから、車窓が新鮮である。
そして、名古屋に行く時は基本、在来線乗り継ぎなのでそう言う意味でも新鮮だ。
新快速など比べ物にならない速度で突っ走っている。
近江鉄道の平田辺りで一瞬、霧に包まれる。
地面が真っ白い湖の様に見える。
稲刈りも終わり、早や冬の田圃である。
垂井の辺りで、南宮大社の大鳥居の脇を走る。
お日様が顔を出して来た。
そして名古屋に到着。
名物の「きしめん 住よし」で朝食と考えていたが新幹線ホームの店は混んでいたから、中央本線のホームへ。
次の列車は7時発特急「しなの1号」長野行き。
既に入線していた。
ホームにある筈の「きしめん 住よし」を求めて前へと移動する。
ホームの一番東京方、「しなの」の1号車の隣に「きしめん 住よし」はあったが、残念ながら準備中だった。
仕方が無いので「しなの1号」に乗車。
2号車2番A席に座る。
朝食のきしめんが駄目になったので、フレスコで買っておいたお握りを食す。
食べ終えると、「しなの1号」は発車していた。
「しなの」に乗車するのも久し振りで、2018年にEins:Vierのライヴを見に帝都へ赴いた時以来になる。
「しなの」自体も初めて乗車したのは1996年にEins:Vierの長野でのライヴを見に行く為に乗車したのが初めてであり、Eins:Vierと縁が深い。
なので、初めて「しなの」に乗車した時に聴いていたEins:Vierのアルバム「timeless words」を流す。
名古屋の近郊を走り多治見を過ぎると車窓が、らしくなって来る。
「しなの1号」は明知鉄道との分岐駅である恵那も通過し、中津川に到着した。
中津川では下車して、中津川THE SOLAR BUDOKAN出演者の手形を見に行きたい。
その中にはBUCK-TICKの櫻井敦司の手形もあるのだが、中津川は微妙に遠く機会が幸いしない。
中津川から、いよいよ本格的に木曽路に入る。
木曽川が迫り落合ダムが見える。
木曽川が織りなす谷間を走る。
トンネルを幾つか抜け名古屋から1時間、木曽路観光の入口である南木曽に到着。
いよいよ谷が深くなって来る。
十二兼で運転停車。
阿寺渓谷を過ぎ倉本を通過すると右側に小野の滝が
一瞬、通り過ぎる。
そして、木曽路一番の景勝地である寝覚めの床を抜ける。
上松を出ると木曽御嶽山がちらりと見える。
木曽路観光の中心、木曽福島に到着。
駅前にD51形蒸気機関車が展示してあった。
木曽福島を過ぎると木曽川も大分と狭くなる。
宮ノ越は、木曽義仲義仲挙兵の地として有名な宿場町。
駅前川向いには義仲館。
そして木曽義仲公館跡が今に残る。
南木曽の妻籠・馬籠と並ぶ伝統的建造物群が残る奈良井宿の最寄り奈良井を通過し、目が醒めたら塩尻に停車していた。
塩尻からは篠ノ井線に入る。
塩尻から松本盆地を走る。
平田を出るとタンク車タキ1000が大量に留置されていた。
南松本を通過し、松本には3分遅れで到着した。
北松本で大糸線が右に別れて行く。
その刹那、車窓が深い霧に包まれる。
さっきまで見えていた穂高連峰も姿を隠してしまった。
犀川の川面すら見えない。
明科を過ぎるとトンネルを幾つも抜ける。
そして西条で運転停車。
特急「しなの」と交換。
いつの間にか聖高原も過ぎ、日本三大車窓姨捨の案内アナウンスが入る。
車窓右側に目を向けると、屋代から千曲の町並みが一望出来た。
姨捨を過ぎ、スイッチバックの桑ノ原信号場に211系が停車していた。
そのまま勾配を下り、篠ノ井に到着。
構内にタキ1000が留置されている。
そして長野には定刻の10時3分に到着した。
一度改札を出て、しなの鉄道北しなの線フリーきっぷを購入する。
余り時間も無いが、昔ながらの立ち食いそばがホームにあったので、頂く。
こう言う時は、かけに限る。
初めて長野を訪れた1988年の3月にも、長野駅でそばを食べた記憶がある。
10時23分発の越後川口行きに乗車。
車輛はキハ110の2輛編成で、まあまあ混んでいた。
長野から先は、しなの鉄道線になるがこの列車は豊野からJR飯山線に入る。
15分程で豊野に到着。
ここで下車してりんご畑を望む撮影地へ向かう予定だったが、豊野に到着する途中に踏切待ちしている老婆に気が付いた。
何と無くストレートで列車が狙える様な感じがしたので向かってみた。
望遠で狙うにはちょっと違う感じがして、りんご畑の方に向かってみたが、下草がちょっと煩い。
川の向こうへ行くには時間が足りない。
なので、最初の踏切へ戻った。
余り気には入らないが、撮れないよりかはまだ良い。
踏切は所謂、勝手踏切と言う奴で、先客がいた。
先程の越後川口行きで私の前に座っていた青年だった。
話を聞くと、福島から来られたらしい。
私も京都からだが、私以上の猛者だった。
11時過ぎにSR1系の快速「軽井沢リゾート号」が通過する。
続いて長野行きが走って行く。
そして115系を待つ。
その間に、福島の方との鉄道談義に花が咲く。
私は普段、余り撮り鉄先で話する事も無いが、たまにはこう言うのも悪くは無い。
そして11時30分過ぎ、しなの鉄道とえちごトキめき鉄道の開業10周年コラボ企画「国鉄型電車でリレー乗り継ぎ!旧信越山線の旅」のしなの鉄道側の列車、115系湘南色が通過して行く。
かつては、信越本線を当たり前の様に走っていた115系も、ここしなの鉄道と山陽本線に残るのみ。
湘南色の115系に至ってはこの編成のみと言う有様。
福島の方と連れ立って豊野駅へと戻る。
しかし、次の列車まではまだかなり時間がある。
待合室で話しながら列車を待つ。
さっき走って行ったSR1系の快速「軽井沢リゾート号」が妙高高原から折り返して来るので、ホームへ降りた。
妙高高原方面へ向かう私と、長野電鉄2100系「スノーモンキー」撮り鉄に向かう為に長野へ戻る福島の方。
上下のホームに分かれる。
そして12時25分、妙高高原行きが到着し27分に快速「軽井沢リゾート号」が到着した。
そして、ホームを挟んで手を振り、最後の挨拶をし、妙高高原行きが発車して行く。
豊野から先の区間に乗車するのは1999年の12月以来。
当時はまだ信越本線だったから、しなの鉄道になってからは初めてである。
かなり山深い所を走り駅間も長くなる。
鳥居川に沿って勾配を上がる。
古間を過ぎると遠くに斑尾山がちらりと見えた。
そして野尻湖の玄関口である黒姫に到着。
黒姫の次が終点の妙高高原。
途中、115系とすれ違う。
絵になるからかあちこちに撮り鉄が陣取っている。
深い山を抜けて妙高高原に到着。
ホームにはローズピンクとクリームの交直流急行色を纏った413・455系が停車している。
運転席隣の窓から一斉にシャッターを切る。
ホームにも撮り鉄が何人もいていた。
妙高高原で下車するも次の列車まで余り時間が無い。
慌ただしくホームに停車している413・455系を撮影する。
そして直江津行きの発車案内が鳴り響く。
慌てて直江津行きET127系に乗車。
妙高高原からは関川に沿って走って行く。
413・455系を撮影するにあたって、関山で降りるか二本木で降りるか悩んでいた。
妙高高原から勾配を下り平地に出たら撮り鉄が多数、カメラを並べていた。
なので関山で降りる事にした。
北しなの線フリーきっぷで関山まで来たから、運賃精算をして下車。
関山で下車するのは勿論、初めて。
スタンプがあったから押して、先程の撮り鉄が多数いた上中村新田付近まで歩く。
私以外にも何人も下車していた。
目的は同じだろう。
遠くに妙高山が見える。
20分ちょっと歩き上中村新田付近の線路脇の道に到着。
撮り鉄が30人程いる。
取り敢えず、カメラを出しアングルを決める。
13時43分、ET127系「懐かしの新潟色」妙高高原行きが通過。
何と無くイメージが掴めた。
この列車から降りて来たのか、更に撮り鉄が集まる。
そして14時12分。
「国鉄型電車でリレー乗り継ぎ!旧信越山線の旅」のえちごトキめき鉄道の413・455系が通過して行った。
私が子供の時分、母方の実家米原から父方の実家金沢へ行くのによく乗車した、懐かしの急行「くずりゅう や「ゆのくに」を彷彿とさせる交直流急行色。
ヘッドマークこそ無かったが、455系には「急行」と種別が掲げられていた。
やはり、かなり無理をしたが来て良かった。
列車が通過してから、関山駅へと戻るが、次の列車まではまだ大分時間がある。
なのでスイッチバック時代の旧関山駅跡へ寄ってみた。
1985年迄は、関山駅も本線から外れた所に駅のあるスイッチバック駅だった。
電車の時代である今は、余り影響は無いが蒸気機関車時代には勾配の途中に駅があると発車が出来なくなる可能性がある。
なので本線から離れた平坦な場所に駅を作る事がよくあった。
しかし電車の時代になり勾配にも強くなると余計な経費の掛かるスイッチバックの駅は次々に普通の駅に改良されて行く。
こうした遺構が残っているのは極めて貴重である。
旧関山駅跡を見学したあと、明日のロケハンをする。
関山駅の北側の線路脇の農道が、良い雰囲気そうだったので行ってみた。
予想通りなかなか良さそうで、明日は二本木にするか関山にするか悩みそうである。
関山駅には15時過ぎに戻る。
15時18分発の妙高高原行きET127系が到着する。
同時に直江津行きのET127系「懐かしの新潟色」も到着した。
妙高高原行きに乗車し一駅で妙高高原。
次の列車まで30分近くあるので、先ずは駅窓口で精算する。
そして明日使うトキ鉄ツアーパスを購入する。
ホームに戻るとしなの鉄道SR1系300番台の長野行きが停車していた。
ボックスシートは埋まっていたからロングシートに座る。
15時54分、定刻に発車。
黒姫などから乗車して来て長野に近くなるにつれ混んで来る。
16時38分、長野に到着。
少し時間があるので長野電鉄に乗り鉄に行く。
しかし、ホームを抜けるのがかなり困難で時間が掛かる。
その上、長野電鉄の切符売場も混雑しており、長電フリー乗車券を買って改札に入ったら16時46分発の湯田中行き特急「ゆけむり」が発車する直前であった。
長野電鉄に乗車するのは1988年3月以来、37年振り。
当時はまさか地方私鉄の長野電鉄が地下駅とは知らず、大いに驚いた記憶がある。
特急「ゆけむり」の4号車8番A席に座る。
車輛は長野電鉄1000系で、元は小田急電鉄ロマンスカー10000形「HiSE」である。
なので展望室もあるが、既に座席は埋まっていた。
善光寺下を過ぎると地上に出る。
ここからの区間は初の乗車であるが、既に日は落ち辺りは大分と暗くなって来ている。
しかし、流石は元小田急ロマンスカーHiSEだけあって、乗り心地は良い。
須坂で長野行きと交換する。
そして湯田中温泉の最寄り駅である湯田中に到着。
駅前では温泉旅館のマイクロバスが泊まり客を案内している。
駅窓口は既に閉まっていたからスタンプも押せない。
小腹が空いたので、駅前にあったローソン湯田中駅前店でマフィンサンドを買う。
そして折り返し17時51発の特急「ゆけむり」長野行きに乗車。
1号車展望1,展望2に座る。
後ろ向きではあるが、展望車である。
ただ、辺りはもう真っ暗なので駅の灯りと信号などしか見えない。
信州中野や小布施で交換。
小布施の構内にはかつて特急として活躍した2000系が保存されていた。
須坂で2100系特急「スノーモンキー」と交換。
此方の車輛は元JR東日本253系成田エクスプレスである。
そして18時44分、長野に到着。
次の列車まで1時間程時間が空くので駅周辺をぶらつく。
矢鱈と花火の音が響き渡るから調べてみたら、長野えびす講煙火大会が開催されていた。
残念ながら音だけ物凄く肝心の花火は全く見えなかった。
ながの東急百貨店を見た後、飲み屋街を抜ける。
「馬刺し、イワナ活造り」などと掲げた店があり、着い入りたくなる。
しかし、呑むには少し時間が足りない。
他の店にもイワナを看板にしている所が多い。
ますます気になって仕舞う。
西友南石堂店で明日の食事の買物をする。
お握りがほぼ売り切れだったから、パンを買う。
そして駅に戻る途中、長電長野駅直結「うどん そば しなの」にて天麩羅そばを頂く。
昼間食べたJR長野駅のそばより出汁が甘辛く、どちらも玉そばだったが、此方の店の方がそばの風味も此方の方が強かった。
長野駅の7番乗り場に来たら長蛇の列。
ラッシュ時並に混み合っていた。
恐らく、花火帰りの客なんだろうと思う。
19時50分、しなの鉄道妙高高原行きが発車。
しかし次の北長野や豊野でほぼ下車してしまった。
ソトンは真っ暗闇であるし、列車に揺られながら一日を思い出してみる。
妙高高原には20時34分に到着。
ホームは静まりかえっており、昼間の喧騒が嘘の様だ。
次の直江津行き「おかえり上越2号」は20時58分発。
まだ列車も到着していない。
その間に妙高高原から先の乗車券を購入する。
そして妙高高原止まりの列車が到着。
折り返し直江津行き「おかえり上越2号」になる。
信越本線時代だったら、乗り換えも無く長野から直江津まで一本だった。
長野行きが発車し、直江津行きも定刻に発車する。
関山駅前に、昼間は気が付かなかったが、イルミネーションが見えた。
次の二本木はスイッチバックの駅。
本線から外れたホームに停車し、バックで本線に戻る。
運転手が前後に移動せずそのままバックするのが何と無く新鮮だった。
初めて信越本線に乗車した1988年にも、二本木のスイッチバックには驚かされた。
二本木を出て、真っ暗な山並みにリフトの灯りの様な光の筋が見えた。
1988年に初乗車した時にも見た記憶がある。
1999年の大晦日にも見た記憶がある。
新井を過ぎ、北新井を過ぎてもまだ遠くに光の筋が見える。
北陸新幹線との接続駅である上越妙高で、かなりの乗車があった。
「びゅう」の旗を持った添乗員もいたので、ツアーの団体だったのかも知れない。
何れにせよ、ほぼ貸切の車内が立ち客も溢れる位に混雑したのでかなり興冷めであった。
混雑した列車に揺られ、春日山で下車。
言わずと知れた、上杉謙信の里である。
ここから徒歩15分程、快活CLUB上越市役所前店に宿泊。
フルフラット席の84号室にチェックイン。
長い一日であった。

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