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2025年09月10日00:19

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■石破首相「解散も出馬もしない」=退陣会見前に閣僚に伝達

■石破首相「解散も出馬もしない」=退陣会見前に閣僚に伝達
(時事通信社 - 09月09日 17:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8469196

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石破茂首相の退陣表明を受け、首相に近い閣僚から9日の記者会見で、胸中をおもんぱかる発言が相次いだ。村上誠一郎総務相は7日の退陣会見の約3時間前に首相公邸で面会した際、首相から「(衆院)解散もしなければ(自民党)総裁選にも立候補しない。辞任する」と告げられたと明らかにした。

 公邸には村上氏より先に岩屋毅外相が入っていた。村上氏は首相に「分かりました。一閣僚として守れなかったことは本当に申し訳なかった」と陳謝したという。

 村上氏は会見で「首相はまだまだやり残した感があるのではないか。首相自身が政策で失敗したり失言したりしたわけではない」と語った。

 平将明デジタル相は「閣僚の一人として残念、無念だ」と強調。「派閥の領袖(りょうしゅう)や長老が発言して流れをつくるような総裁選をしたら自民党は終わる。麻生派だけ残っている状態はどうなのか」と述べ、同派を率いる麻生太郎最高顧問は影響力を行使すべきではないと主張した。

 赤沢亮正経済再生担当相は防災庁設置や最低賃金引き上げを挙げ、「石破政権がやってきたことをぜひ引き継いでほしい」と訴えた。

 一方、総裁選前倒しを要求すると閣僚で唯一表明した鈴木馨祐法相は「政治の空白、停滞を招かないという思いで大変重い決断を下された。心から敬意を表したい」と語った。 
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石破茂は最後は投げ出す、逃げ出すとは、10年以上前に書いてある事であった。今回はやっぱり投げ出したか、という感慨の方が高い。最後は本土に戻るよなとか、例えば広田弘毅、近衛文麿かいう感慨だ。もちろん誰も投げ出したくて投げ出す訳がない。よいよどうしようもなくてスタックした訳だ。戦場にいるなら、そのまま全滅戦であるが、幸い、ここは戦場ではない。

もちろん、武道に携わる人ならば、または囲碁や将棋を好む人ならば、訳の分からない状況に持ち込んで混乱とカオスの中に勝機を見い出すというよく見る風景があっても不思議ではなかった。

だが政治家はそういうものは好まないらしい。金を積む事に慣れ過ぎた環境になれ過ぎたせいか。恐らくこの先で二度目はない。これで勇退だろう。勲一等瑞宝章は固い。

それでも去年から今年にかけて、その政治姿勢には賛意5割反意5割という評価だった。これまでありえない流れも作った。多く、普通だったと思う。これまでが異常であったというのが正直な評価だ。

所が安倍晋三内閣に慣れた人には物足りなかったに違いない。何がとは問わない。悪夢の民主党政権という人には元から知恵がない。リーマン・ショックに対してまともな政策が取れた筈もない。東日本大震災も最悪の中ではましな結果だった。だがそれを理解するには物理学は難し過ぎる。

印象でしか語れないのはシナプスの繋がりの問題だ。と同様の印象を石破内閣への批判に感じた。石破内閣における政治の空白というようなありもしない事に飛びつく。余りにも知能が欠落している。政治は停滞していないし、トランプ相手に誰もまともな交渉など出来る筈がない。三秒で自明である。

特に7月以降の参議院選挙後の石破降ろしは末期的であった。読売、毎日という日本を代表する新聞が一斉にその空気を作ろうと躍起になった。その背景が敗北の責任という流れである。戦争前の対米戦を連呼した新聞ラジオを思い返すようだった。

敗北したのかと言えば、閾値の問題である。最大野党の二倍の得票を重ねて敗北という指摘である。日露戦争を勝利した後にデモで湧いた馬鹿な国民を思い返すような出来事だ。勿論自民党内で敗北論が出るのは問題ないし内輪での決着は好きにすればいい。知能に欠陥があれば、今回の状況でも石破の責任に全ておっかぶせる事が可能だ。

なぜ石破茂は一部から嫌われたのか。恐らくこれが最後の政権だろう。この後は極右政権しか成立しない。馬鹿になる事にかけてはこの国は歴史で既に実証済である。

全ての契機は、少なくとも表面的には、バブル崩壊からである事は間違いない。その後始末が今も終わっていない。あの時点から今も日本経済はスタックしている。そこを抜け出そうと四苦八苦している。数値的には経済そのものは動き続けている。しかし心理的には一ミリも前に進んでいない。

その解消するために小泉から始まり、えんえんと色んな政策を行って来た。そのどれもが効果がない処が状況は悪くなっている。ではあの時点のままだったほうがましだったろうか?それは分からない。小泉改革で行った雇用改革が確実に強い影響を与えている。結果失敗は確定している。

多くの国民が雇用に殆ど注力しなければならない環境を生んだ。セーフティネットの整備も中途半端である。若い人たちは派遣業にしか就職先がない。生活設計ができない時代が10年、20年と続けば、その社会環境の中で新しい様式が生まれてゆく。

それが今の状況の背景にある。その結果として、参政党が躍進する事になった。ひとつには、石破内閣だったから自民総支持層の高市早苗派が一時的に鞍替えした可能性がある。次が小泉ならいつも通り国民は飽きる事になる。高市早苗待望論が更に強くなる。高市早苗でも飽きるだろう。そうなれば参政党が政権を取る事は決して絵空事ではない。

国民の多数が求めてみるのはカリスマへの熱狂だと思われる。安倍内閣がその快感を一部の人に与えたという点では一種の依存症だ。ストックホルム症候群と言ってもよい。一蓮托生する時にはすがりたい心性があるものだ。

今更、民主主義の自主自立を求める訳でもない。ひとつには知識の欠落が大きくある。その原因は、東大を頂点とした文科省の教育制度の崩壊もある。教育の目的が人材育成でなくなってしまった。就職を頂点とした雇用システムに組み込まれている。そのため、大学は国家が位置付けた階層に入ればよく、世界的な学業評価を欲してはいない。経産省の一部に文科省があるという風に変わった。

当たり前すぎるが、日本の雇用システムにおいては、その人材を求めるのも企業という側面もある。既に人が石垣の時代ではない。労働力という観点を発見したのはマルクスであるが、彼の理想も失われている。


世界は経済中心に一極化しつつある。この争いは国家をトップとして繰り広げられているが、今やインターネットとAIの発展によって世界が狭くなっている。この速度の変化が古典経済学を今も通用させるか?もちろん、これらの論理は速度によって変わるようには見えない。

リカードの比較優位説(1817)では優位に注力し専門性に特化する事で互いに利益を得ると説明する。マルサスは(1798)を食糧の増産が等差級数で増え、人口は等比級数で増える事から貧困は避けえないと説明する。表面積と体積の増え方から寒い地方の動物が放熱を小さくするために相対的に体積を大きくするベルクマンの法則と同じ数理による結論を導く。自由貿易は安く入手する事を可能とする。経済は安く仕入れて高く売る事だから自由貿易は安く仕入れたい人は支持する。高く売りたい側はこれと逆になる。

だから経済以外の価値観が失われつつある。既に今を生きるだけで他にかまってなどいられない。犯罪に走るしかない人もいれば、犯罪しか知らない人も生まれつつある。社会の強靭さは失われる。そのような制度設計をしたのだからどうしようもない。

とはいえ小泉以前に戻れば経済は復活し、今より強靭な社会になるのか。簡単に言えば、終身雇用か派遣・自由解雇かである。労働市場という架空を設けて、そこで雇用の流動性などという論法で企業優位な環境を作る。

この対比は、企業への忠誠を得る代わりに終身保証であるか、賃金高騰に変わりに短期契約であるかの違いである。これは生命保険と比較する事も可能だろう。日本企業の強みは忠誠心だった筈である。これは鎌倉以来の伝統だから日本人にはなじみがあった。いざ鎌倉は安月給でも終身雇用だからいざとなれば駆けつけるという今も通用する思想である。

これを小泉革命は破壊したし企業も目の前の利益に飛びついた。恐らく日本人はそれ以外の働き方を知らなかった筈である。従来の方法なら特攻にさえ従ったメンタリティである。これをあっけなく手離したのだから国家が衰退するのは当然と思える。


現実的な一つの要因に銀行の審査も影響している。企業評価の仕方に短期的なもの採用した。特にバブル崩壊で根っこに受け付けられた銀行への不信はあと50年は拭えないだろう。銀行を信頼しない、だから限界を超えて借りる筈がない。そのような経済が強靭な筈がない。小泉純一郎は信なくて国は立たずと言ったが、彼がこの国の信を奪った。

その結果として小泉革命、その後の安倍、福田、麻生、その後の民主党政権、安倍晋三によるアベノミクス、全て失敗であったはずである。どの時代も成功などしていない。しかし失敗という刷り込みは民主党政権と石破内閣だけである。

この異常さ、全て外因の運だけであり、日本人はその程度の眼力さえ失っているともいえる。何が原因で状況が悪化しているかの解析も出来ず、起きた出来事を全て政権のせいにする。

多くの人にとって政治や国家は剣と魔法の世界と変わらない。地震が起きれば竜が雄たけびを上げたのである。不況は悪魔の呪いである。そういう説明で十分なのである。それを打倒すには、威勢のいい勇者の登場を待つ。多くの人は呪術師としての政治家を待望している。

これはひとつの流れであるから、その根本にはそうなる方向へのインセンティブが働いている。この思想の背景にはその方向を是とする何かがある。

教育制度を失った事による科学的推論の欠落、不安定な雇用と社会保障の脆弱性、信頼を失った国家及び官庁の仕組みの中で、向かうべきは自主自立ではなく、独立独歩である。忠誠を失った国民性がどのように国家から離れてゆくか、これからそういうものを見る事になる。

先進国で共通的に起きている事は、極右化である。先進国の多くが既存の共同体を失っているのは確からしく思われる。街の形が変わりつつあって、そこで起きている不確定さに要因を見つけようとしている。外国人の排他など一番短絡的に簡単なものだ。見た目だけで判断つくのだから、野生動物の能力でも可能だ。

恐らくそうやって前時代のナチスの戦争は起きたのであって、その結果として、何も変わっていないと言える。日中戦争も同じだ。今からみれば他国の資源(第一次産業)を奪う闘争であったが、奪い合うものが変わっただけで、その底にあるものは同じなのかも知れない。目の前の問題は変わっても方法は変わっていない。

いまある事が問題に対する本性ではないか。この程度の方法論しか身に着けてこなかったという仮説。

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