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2025年08月22日18:05

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イエスと一

こんばんは。

また若い頃に書いた小説を投稿します。

解離について書いた物語です。

興味のある方はどうぞ...。

それでは始まります...。





 ドゴッ、ドゴッ、ボゴッ、ボゴッ、ガン、ガン、ガン、ガン、ガッ、ガッ、ガッ、ダン、ダン、ゴン、ゴン、ゴン……。
 とある富裕者層の人間ばかりが住んでいる地域があり、立ち並ぶ巨大な邸宅の中のその一つの、広い芝生の庭を持ち、白塗りの壁の、3階立て、という造りの家の一室から、さきほどからずいぶんと長い間、大きな物音や鈍い音が聞こえてくる。
 よくよく聞いてみると、それらは物が思い切り壁にぶつかる音だったり、人間が人間を殴る肉の音だったりする。


「一(はじめ)、おもちゃを片付けもせずに何で外に遊びに行ったりしたんだ!」
 ドッ!
 そう言って男はうずくまる少年のわき腹を思い切り蹴り付けた。
 心なしか、男の顔には笑みが浮かんでいるように見える。
 うう……と呻いてから、少年はぼそぼそと何かを呟いた。
「……さい。……なさい」
「ええ? 聞こえないよ! はっきり言えよ。一!」
 男は甲高い声で叫んで、さきほどと同じ場所を再び、今度はもっと強く蹴り付けた。
「ごめんなさい……」
 少年は体を震わせて、しゃがれた声を絞り出し、今度は男に聞こえるようにはっきりとそう言った。
「母さん、ちょっと来てくれよ!」
 男は自分のいるリヴィングルームからキッチンの方に向かってそう叫んだ。
 ドタドタと女性がリヴィングにやって来る。
「一ちゃん、パパの言うこと、ちゃんと聞かなきゃダメじゃない」
 女性はそう言って少年を怒鳴りつけた。



 木之本一、5歳、に対する両親の行き過ぎた躾、虐待が始まったのがちょうど1年ほど前からだ。もともと結婚した当初から夫婦仲は良くなく、ギスギスとした空気が一の家には流れていたが、一年前、一が保育園に行けなくなってから、その行き場のない感情の矛先が一へと向かうようになってしまったのだ。


「一、何で保育園行かないんだよ? 男だろ?」
「保育園でいじめられたのか? やられたらやりかえせよ」
「一、父さんの子だろ? 父さんはもっと強かったぞ」
「あまり母さんに苦労かけるなよ」
「もっとしっかりしろよ」
「明日は保育園行くよな?」



 そんな言葉が数限りなく、一に浴びせられ続けた。そして、虐待は日に日にひどくなっていく様子を見せていた。
 一の心はゆっくりと静かに貝のように閉ざされていった。


「一、何度言ったらわかるんだよ! おもちゃ片付けろよな!」
 一の父が一を殴る。一は三角座りをし、薄っすらと開けられた目で部屋の前方を見つめていた。
 父が何度も一を殴る。
 一はゆっくりと瞳を閉ざした。
 父が一を殴る衝撃で、一の体が何度も揺れる。
 一は暗闇の世界に潜っていき、そこでその場をやり過ごす。




 一は深い暗闇の底で三角座りをして、顔を両足の間に埋ずめていた。
 随分と長い間、そうしていた。


「もしもーし!」
 とても元気な高い声が一を呼んだ。
 一は顔を上げた。
 そこには色白で短い金髪の、青い目をした、一と同い年くらいの少年が立っていた。
 白い無地のTシャツに青い半ズボンを穿いていた。
「君は?」
 一は尋ねた。
「僕? 僕の名前はイエス。 君は一君だね?」
「そうだよ」
「君、ずいぶんとしんどいみたいだね?」
「……」
「パパとママ好き?」
「……」
「ずいぶんと疲れちゃったみたいだね」
「もうどうでもいいよ」
「どうでもいいのかい?」
「ずっとここで眠っていたいよ」
「ここで眠っていたいのかい?」
「うん」
「君と僕、交代するかい?」
「ええ?」
「君がここで眠って、僕が上に上がるってこと」
「出来るのかい? そんなことが……」
「出来るさ……」
「もう上には上がりたくないな……」
「そうかい……」


 イエスはそう言うと、一の右肩を少し強めに手の平で押して、深海から海面に上がるように、上の方へ向かって泳いでいった。
 そして、しばらく泳ぐと床に三角座りをする一の体が見えてきた。
 イエスはすばやく一の体に入った。


「父さん、ゴメン。明日からちゃんと保育園に行くよ」
「……。どうしたんだ?一」
「ゴメンよ、父さん……」
 そう言って一は泣きながら父に抱きついた。
「そうか……。一」


 次の日から一は保育園にきちんと通い始めた。一は活発な少年となり、すぐに皆の人気者となった。
 そして、幼稚園、小学校、中学校、高校と一日も休むことなく、立派に通い続けた。
 小学校では学級委員長を務め、中学校、高校では生徒会長を務めた。
 

 そして、成人式を迎えた日。
 一は壇上で代表の挨拶を読み上げていた。
 一の両親は一の晴れ姿を見ようと会場まで足を運んでいた。
 拍手の中、一は代表の挨拶を読み終え、壇上を下りた。
 式を終え、会場を出た一に両親が歩み寄った。
「一,おめでとう」
「一ちゃん、おめでとう」
 両親は目を輝かせて、一を見つめた。
「一? 僕はイエスだ」
 一は両親を見つめて、そう言った。




 おわり
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