忘れさせられる前に メモしておきます
これまで アジュナへの集中時に 目の前に ご担当のマスターがいらっしゃる実感と共に 年月と共に 目の前に明らかにいらっしゃるのと同じ状態に慣れすぎてしまい 惰性 的な状態の自分に気づき これでは ダメだ と思い 覚者・マスターの実在は 私が長い年月で惰性的になり 鮮明な あの 輝き 聡明さ 等を 私が 忘れてしまっているかのような 惰性 状態にあることに気づき
「 マスターは 神様と同じ 輝き 」
と 瞬時に思った時に 目の前にいらっしゃるのと まったく同じの マスターのお姿が 神々しく 再び 感応出来 アジュナへの集中時の状態が 新たに ふたたび 鮮明に 意気揚々 と なりました ( これらは 常にアジュナに集中時での事です )
終了してから 熟考しました
1: 私たち人間が 覚者を見ることは 不可能に近く( 今の段階ではカルマの法則があり:大宣言以降は変わりますが ) 実際のマスター・覚者は BCの本からは 神様のように神々しく 光っている
2: 私たちが 「 神様! 」 と 思うときは 多くが 苦難の時に思うが 実際は 夏の儀式での 鮮明な自然の美しさや 海の中で潜りながら 透き通る きれいな海中で見える すべての 美 鮮明な夕焼けや 鮮明な日の出 景色 自然 等 多様に 私は 神様を感応する
3: 私たちがどんなに 覚者を想像しても その実像 実際の神々しいお姿は 実感できない 想像の限りを各自が最大限に思った状態で 覚者 を 思うとき または 神様! を 想像の限り 思うとき そのような 神々しい方が 目の前にいらっしゃるのと全く同じだということを認識する それは アジュナへの集中時に感応し 集中の質が変わるかのようだ
A18
後日 熟考し 書いてみたいと思います
ログインしてコメントを確認・投稿する