忘れたいけれど、後世に伝えていかなければならない。
3月11日に発生した東北、関東地方太平洋地震では東北地方の太平洋沿岸地域では大被害を被りました。地域によっては海岸線から9キロ先まで津波が押し寄せて、多くの人命を奪っただけでなく、地域の人々が長年、慈しみながら積み上げて築き上げてきた地域の文化が、わずか一日で崩れ去りました。
私が住んでいる地域は他の地域とは違い、大きな被害はなかったのですが、日を追う毎にテレビや新聞では報道されない、悲惨な出来事が聞こえてきました。
夢なら覚めてほしいと思ったほどですが、未来を担う子供たちだけでなく、これまで魚の町としての礎を築きあげ、水産業を発展させてきた方々が前向きなのがせめてもの救いです。さあ、これから頑張ろうと心に言い聞かせてきました。
また全国から励ましのお手紙、食料や日用品等の緊急物資は避難所となった、私の勤務地にも届きました。ありがとうごさいました。
全国の自衛隊、消防、警察、自治体や医療関係者の皆様、ボランティアの皆様、お忙しい中遠路はるばるありがとうごさいました。今でも忘れることができません。心から感謝申し上げます。
■不明なお2520人=東日本大震災14年―警察庁
(時事通信社 - 03月07日 18:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8230462
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