No1
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989227026&owner_id=5283814 の 最近に気付いたことを追記いたします
1:No1
https://x.gd/GP8yl で記録したように 1945年からの緊急性ゆえに その後 1974年にトランスミッション瞑想
https://x.gd/LK1TH が人類に提供されましたが それ以前にBCは 宇宙の家族たちからのエネルギーフォースを 伝導 する仕事を行っていたと 一言だけ 暗号のように 書いていますが このように直接地球外部の家族惑星のエネルギーフォース伝導作業は カルマの法則から分析すると その媒体となる肉体人間(BC)は 地球外の魂 でなければならないはずです
BCは 非常に謙虚であり 自分がより高位の方々との接触を持っていることを 非常にわからないように謙虚に 隠すかのように 語りませんでしたが BCの本の 暗号のような部分部分をつなげていくと BCが 火星ではなく 金星の魂 ではないかと分析できます
BCの最後の本
https://x.gd/RYbYF の中ではジョージアダムスキー氏との共同作業のことが非常に短くではあるけれど 書かれてあることからも 金星の母船内で作業が出来るのは アダムスキー氏のように金星の魂を持つものでないと行えないと分析できることから BCも金星の魂ではないかと分析できます
そのような地球外の魂の方であれば直接太陽系家族惑星の方々との作業が地球で行えるというカルマの法則がわかります
2:トランスミッション瞑想のエネルギーフォースは 特に 1922年に作られた 世界奉仕者の新集団(については検索してください) に利用されていることがBCの本で書かれてあり その他では 暗号のように 「 磁場の網を作るため 」 のようなことが書かれてありました 磁場の網に関しては BCの最後の本
https://x.gd/RYbYF の 質疑応答で答えられていることの中で ミステリーサークルは 「 われわれ(太陽系家族方)は ここにいるよ 」 という人類への啓発行動と [ 将来地球で使用されるための 光のテクノロジー ( 病気は過去のものとなるとも書かれていて 治療にも利用できるようです )などのための 太陽と地球の磁場とのかかわりにおいての無害なエネルギー使用のための 渦 ( すべての惑星に磁場があり その交差する場所に 渦 が出来ると書かれています ) のポイントにミステリーサークルが作られている ] と 書かれてあり その渦の複製として 人間に見えるように ミステリーサークルが作られているとも書かれてあります
さらに本
https://x.gd/RYbYF の中では ミステリーサークルが作られている畑にいると 治癒などの効果もあることも書かれてありました 時間は15分くらいがよいとも書かれてありました
トランスミッション瞑想のエネルギーフォースは 特に 世界奉仕者の新集団 にも使用されている と書かれてある部分は 私の体験と分析では No1
https://x.gd/GP8yl にも記録しましたが カルマの法則を順守しなければならないため 直接 宇宙の家族たちや その代表であるマイトレーヤ(現場が地球なのでマイトレーヤがその代表になっています)とマスターズ方々は 人類の苦難 飢餓や貧困 迫害や戦争 犯罪や災害 などを 魔法のように 簡単に消し去ることは出来ますが それが出来ないカルマの法則を順守しています 彼らは 肉体人間を媒介として働かなければならないというカルマの法則を順守しており( 大宣言の日までは ) そのために 世界奉仕者の新集団 という 数百名かの そのために転生した方々を通して 世界をよりよく変容することが出来ます
世界奉仕者の新集団 の 方々は 物事が スムーズに運ばれ まるでお膳立てされているかのように 物事が運ばれることや ある場合においては 奇跡のような 現象(物理的な事も) も鼓舞され 世界をよりよく変容するための ハイアラキーの計画に沿って 援助 されます
例を挙げると
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http://141.txt-nifty.com/141/2008/03/post_d565.html より
お金が無くなり食べるものも買えなくなると大久保通り
の同じ場所で1万円札が2日続けて落ちていたり 靴が破れてしまい
残りのお金3000円で靴を買い履いたけれど数時間で足に合わなくて
足にまめが出来血が出て痛くなったのでそれを脱いで困ってしまい
夜中までそこでじっとAに座らせられていたらいつの間にか数メートル
先の道路の真ん中に新品のブーツがそろえておいてあり僕は「あっ
また神さまだ」と言いAは非常に動揺しました それを履いたらそれも
小さくてだめだなと思うとAはほっとして「なによ だれかが置いていっ
たんじゃない びっくりした でも新品をどうして道の真ん中に?・・・・」
買うと2万円位するブーツを友人の清水氏が電話で買ってくれると言い
私は歩き始めてすぐの角を曲がった時たばこに火をつけるために立ち
止まり火をつけた時に足元に3000円が置いてありました 僕は買った
靴の金額と同じな事でまた神さまだ!と思いました Aは「また奇跡が
・・起きてしまった・・・・」と動揺しました そのような形で3ヶ月ほど住
む所もお金も持ち物もAの仲間達に取られたり捨てられたりバイクまで
も盗まれた私は光の方々により助けられ続けました ・・・・
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http://141.txt-nifty.com/141/2008/04/post_bac5.html より
由紀子さんのその優しい気持ちは僕にも伝わりました
そして2人で利益の33%を寄付・支援に回すためのDAPという
会社を作りました
当時バイクの革ツナギは売りっぱなしに近い現状で修理やサイズ
調整は何ヶ月も後回しにされていたので1週間で出来るバイクウェア
のリフォームからはじめました
すると不思議な事が続きました
ワッペンの取り付けの仕事が入りそのワッペンを買いに上野の
光輪モータースに行ったら逆にツナギやバイクウェアの仕事が
山ほどもらえる事になったり それらを直したり修理してくれる所も
すぐに見つかったり 日本で1番の皮革問屋のストック小島(浅草)
さんから世界に通じるレザーウェアの開発に関わる事になったりして
新しい商品のデザインも誰かに書かされているかのように何枚も出来
それを小島さんにより優先的に特許申請してもらい まったく新しい
バイクウェアやグローブなどが出来上がりました
福生のアメリカンハウスを借りて日米&世界のバイク仲間のための
ライダーズハウスもできました
赤線のお店[シスターバー]と16号のベース前のお店を経営している
ヤギさんから1冊の本をもらいました[進駐軍モーターサイクル・クラブ]
というベースの軍人さんたちのバイククラブ[AJMC](オール・ジャパン
・モーターサイクル・クラブ)の写真記事の本でした
http://www.hakuraido.com/hakuraido_01/ajmc/newpage1.html
著者の蔦森 樹さんを紹介していただき吉祥寺でお会いしました
するとAJMCは1945年終戦から続いた日本最古のバイククラブなの
に解散するかもしれない事
毎年クリスマスには当時から横浜の孤児院[エリザベス・サンダース
ホーム]
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&tbo=d&rls=com.microsoft:ja:IE-ContextMenu&rlz=1I7ACAW_jaJP394JP394&tbm=isch&source=univ&sa=X&ei=Jxi_UL_wMs71mAXE94DoDA&ved=0CEwQsAQ&biw=1017&bih=499&q=%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0
に子供たちのプレゼントを持ってバイクで16号を走り会いに行って
いたことなどが判りました 16号ゲート前のバイクショップ[ケイショウ]
の会長さんの紹介でAJMCのプレジデント[チャールス・カーソン]さん
と会うことになり ストック小島・国際部の若林さんの通訳でチャールス
さんと話しました そして私がAJMCの後継者となりクラブの発展を
まかされることになり誓約書にサインをして任命されました
そしてAJMCブランドを作ってクラブ予算・活動費・孤児や恵まれない
子供たちへバイクを通じて貢献・寄付が出来るようにと考えました
仕事の量もどんどん増えて自社工場を小島さんのビルの1階に作る
計画や新宿・西口の小島さんの弟さんの不動産屋さんの店舗も
借りる計画も立ちました
当時の計画にはアパレル・ファッション・デザイン学校の生徒さん
たちのデザイン・アイデアを商品化する計画やニューヨーク・パリ海外
の生徒さんたちにも同じチャンスを与える事ができる計画
僕の希望でアメリカの[ヘルス・エンジェルス]の看板ジャケットや
グッズ開発計画 アメリカ・ストリート・グループのチーム・ジャケット
開発と写真集ビデオ類の開発などいろいろとやる事ができました
(19歳の時に見た映画[ウォリアーズ]とヘルス・エンジェルスの
昔の義理と人情を重んじているところなどがAJMCと通じていて)
これらの事が由紀子さんとたった7千円ではじめてから とんとん
拍子にスムーズに まるで誰かにお膳立てされているかのように
運ばれていきました ・・・・
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http://141.txt-nifty.com/141/2008/04/post_6d87.html より
ある日 不思議なことが続きました
わたしは早朝の甲州街道で [ けんせつちょう ] と ひらがなで
書かれたトラックが 放置しているバイクを撤去しているのを見ました
そのバイクはどこに行くのだろう?と思い建設庁に聞こうと考えました
104で電話番号を調べて国道管理1課のイワムロさんに行き着き
撤去後の放置バイクのことを聞きました すると 建設庁が管理する
国道に放置してあるバイクは警告書をバイクに取り付けた後に期間が
過ぎたものは都内4つの出張所にバイクは集められて撤去した後
6ヶ月過ぎても連絡の無いバイクは処分する事が判りました その
処分方法は決まっていない事が判りました 事情を説明してそれら
のバイクをロシア船で運んで寄付・経済協力をしたいと言うとスムー
ズにまるで誰かにお膳立てされているかのように話がまとまりました
無料で手に入る事になったバイクの事をフジューニンさんに話しました
常に撤去されるバイクの期限が切れて処分されるバイクはコンスタント
に都内4つの出張所に集められていて そこから直接ロシアに送れて
金額に加算すれば膨大な金額がコンスタントに入ってきますと話すと
喜んでくれました 計画もウラジオストック港に整備工場も設けたり等
とんとん拍子に進みました そしてフジューニンさんからはロシア政府
から私にロシアの現状を視察する目的も含めて 飛行機代やホテル
などの滞在費すべて持つ正式な招待状を送られることになったと知ら
されパスポート番号をロシア領事館に知らせてくださいと言われました ・・・・
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http://141.txt-nifty.com/141/2008/05/post_3887.html より
その時ひらめきました! バングラの縫製業も主要な分野なのですが
日本への窓口・流通などはなく 衣料分野でバングラ発の若者受け
する麻のジーパンを作って売ったらブームを起こす事ができ飛躍的に
バングラのステータス・地位は上がるんじゃないか!そして衣料など
の縫製面での需要が起きるんじゃないか!縫製水準も次第に上がる
しいいんじゃないかな?! と色々とイメージが湧きました
日本に戻りすぐに目黒のバングラ大使館の商務部の白井さんと合い
話しました そして東京商工会議所の国際部の日本バングラディシュ
経済委員会を紹介され行きました そして次の 日・バ経済合同会議
にオブザーバーで出席を許可していただき出席しましたバ側の経済委
員会会頭のミントゥーさんは何度も「日本カラ ドンナニチイサナ縫製ノ
仕事デモカマワナイカラ タメシテミテクダサイ ワタシタチハ イッショ
ウケンメイニ ドリョクシテ 技術ヲタカメマスカラ オネガイシマス・・・」
と何度も言っていたのが印象的でしたが日本側の委員会のメンバーの
企業方は色々な問題を提示してきて無理のようでした 私はヘンプや
麻で作ったジーパンならこれから始まる新しい世界では麻の持つメン
タルエネルギーが必要不可欠なものになるし先を行っていて若い人達
を誘導できるしブームを起こす事が可能だと思いました それにより
バ側はお願いしなくても日本側からの要請が起こるんじゃないかって
思いました 関連して他の衣料縫製面も需要が出来て だんだんと
メードイン・バングラの国名が流行りもののタグなどについて有名に
なって バングラの他の産業分野も成長できるんじゃないかって考えま
した まず大きな何かで脚光をバングラにと思いました
そしてバイク便でためたお金で自分なりのルートでジュート麻のジー
パンの開発製作を始めました 何本も試作改良が行なわれました
2度目の日バ経済合同会議にも出席させていただき最初のジア首相
のスピーチのあとすぐに僕はマイクを持ってそのことを提案しました
その頃から国際部の方々も僕にアドバイスをしてくれるようになりました
HFWのチャリティにも参加してくれました わたしは個人の資金で約
200万円も使いましたが限界に達してきました 誰かが力を貸してく
れて好きなように動く事ができたら必ず達成できる自信があります
それは光の方々による誘導だからです しかも1円ももらわない奉仕
だから良い方向に誘導される事が判っていました それが伝導瞑想
によるハイアラキーの方向付けられたエネルギーが作用している事が
判りました ですからこの段階でも何人かの人たちにジュートや他の
バでの可能性のエネルギーによる刺激は与えられていたのです
そして2度目のバングラでは初日にファルクさんという力のある方と
偶然と言う方法で光の方に誘導されて出会う事になりました
(詳しくはこのブログのトップページのプロフィール
の中のもくじのバングラの記事をご覧下さい)
その方の計画はハイアラキーからエネルギーが援助される事が判り
ました バングラの貧困を終わらせるのに女性の地位を向上させる為
に女性だけで運営される世界でも始めてのココナツ繊維工場を作りま
した それによりお金を女性が管理しやすくさせる事で子供の教育や
生活改善に使われやすくなるのです男性が管理するよりも良いのです
この計画を日本に知らせて協力を求めていますのでお願いします! ・・・・
関連記事
http://141.txt-nifty.com/141/2008/09/post-5b39.html
http://141.txt-nifty.com/141/2008/09/post-49ef.html
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これらは 物理的 な ハイアラキーの鼓舞・援助の1例ですが 非常に多くの 現象 鼓舞 が ありました
これらのことから 分析 すると 明らかに カルマの法則 が 通常ではないことが わかります ( 自分でいうのもおこがましいのですが 客観的に )
この URL の 回顧録 No1〜No14 は 通常では書けなかったのを( A18 の影響をあまり受けずにかけた事 ) マイトレーヤ方々と太陽系システムの家族が 書かせてくださったのだと 今は 思います
後から 知らされたことは この回顧録が 英文 スペイン語 フランス語 など いくつかの言語に翻訳され 世界の弟子たちが 読んだらしい 事を 後から 同僚の男女から 知らされました
それは この回顧録に書かれてあることが すべて事実であることを 森先生を含み 世界の 能力者が吟味(私の思考の中に入るなどで)し 確認したからであり その状況を 私は 13歳ころに自動書記で書かされていた
http://141.txt-nifty.com/141/2008/03/post_0f3f.html 数種の絵 以外に このことを意味する絵も書かされていたことを 後から 思い出させられたのです
その絵は [ 目の中の瞳が 2つ(これは 糸崎=A ) その後 3つの目の瞳は 森先生 その後 複数 書ききれないほど 目の中の瞳を書き続けた意味は BCを含む 世界の善なる能力者の方々を意味していたと 今はわかりました ]
これらの援助・鼓舞・奇跡のような現象は トランスミッション瞑想のエネルギーフォースによる カルマの法則を順守した 肉体人間(トランスミッション瞑想者方々)を媒介として与えられたことから 可能になるのだと認識しています
私は 世界奉仕者の新集団 のような 高度な知性の持ち主ではなく 非常に低位な肉体人間です 昔 BCのグループに誘導されてから 東京の女性の弟子の方々のグループでトランスミッション瞑想を行っていたころに その女性から 数枚のアリスベイリーの本のコピーを頂きました そこには 瞑想の方法や注意点などが書かれてありました
わたしは それに従い 呼吸法も長年行い ある日に そのコピーを 再び見たときに 関係ない文章に目が移り そこに 「 盾となる弟子の存在 」という 部分を読み 過去を思い出し 昔にも訴えた 「 その役目だけはやりたくないです お願いします! 」 と A に ターゲットにされ始めたときに 訴えた 悲願した 事と同じ文章だと思いだし 強い 印象を覚えました
そして 今日があります
転生前に 私の魂は この任務を誓ったのだと 今は 認識しています
私は 魂との直結もなく 弟子の方々よりも 非常に進化が低いことは知っています
ただ こどものころから
もともと 打たれ強い ひるまない
どんなことがあろうとも 家族を優先にする そして 今では 魂の方に学ばされて 全人類が 愛する家族だと認識してしまった
わたしが 子供のころから 2度ずつ という 奇跡のような経験も 私にではなく 今現在の 弟子の方々を鼓舞するために 体験させられ それを 2008年3月ころから 回顧録 NO1〜NO14 を書かされたのだと分析できます
それにより すぐに 世界の能力者の方々が それを 吟味し始めた
その真偽は 弟子の方々に伝わり 私は 数年以上 たってから そのことを知ることになることから わたしは 非常に低位な人間であり 私の魂の方が 私を選び 銀の細い線で 3つの体を結び付けて 転生し 弟子の方々を鼓舞するために お役に立てられたのかな と いまは 思うのであります
低位な私は A に バラバラにされた ゆきこさんと弟夫婦を 元に戻せと 沖縄行のフェリーでの宇宙艦隊の方々が現れたときから現在も彼らが A に 警告していることを 重んじる のではなく そうしてほしい という 願い 悲願 があるからで 家族はいまだに A の 人質状態であり 私の活動や人生 生活も 制限され 何もできない状態のままなのです
私はもともと このような世界には 入りたくはないし 関係ない 普通の人間として 生活したいだけなのです 思い出したのですが 森先生が 最初のころ
「 あなた この世界に関わりたいの? 」
私 「 いやです! 関わりたくないです! はやく家族が元に戻り 普通の人並みな生活がしたいだけです 」 と 答えたのを思い出す
森先生は 「 魂の良い人との関わりを持ちなさい 悪い人たちとは近づかない事 」 と 言った
それを わたしは 守っている
途中ですが 今日は ここで 終わりにします
また 霊的日記を書きます
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