元祖 HImaP&Σ (ハイマップ(ひまぴー)&シグマ(総和会)) 渡部学(ワタナベマナブ)。
2025年(令和7年)、1月26日(日)、日本時間、PM6:12
、北海道紋別市。
HImaP&Σ は渡部学が創設者であり、屋号としてます。
団体や宗教、反社会的勢力や会社などではございません。個人活動家であり、営利目的での活動はSNSではしてません。
記憶でしか証拠はないですが、HImaP&Σは渡部学が作ったものであります。
H 暇な I 今を m 学と a 遊ぼう P プロジェクト
ハイマップとは 高いところから見る地図つまり、人々の全体全容を意味してます。
総和を意味する Σ
呼び名は二つ ひまぴー(暇プロジェクト)とハイマップ。
人って善悪表裏一体なのよ。また同じことの繰り返し言うけど。
人って無意識に自由な思考を出すけど。
誰かはそれが悪いとか、そこが悪いとか。
それって結局、自分のルールとか固定観念なわけ。
悪事をする、しないは例外の話。
そういうことじゃなく。
心理的に悪く良くはないこと、心理的に優れてる素晴らしい心理。
それは無自覚に劣等感とか比較によって突発的に人は差別化してしまうことに対して善悪表裏一体ということ。
だけど、出来る限り自分を善意のままに保つってのは自分自身の努力と意識だけ。
そこでね。善意がどんどん光り輝いて、目立って、その人が光り輝いて生きると。
色んな面でね。美男美女とか、内面モテとか、正論を言う人達とか、そういう評価が高くなるにつれて
必ずだけど、必ず比較してとか劣等感からとか、自分自身のルールと違って反対意見だった場合とか。
アンチ者が出てくる。ってか、人には必ず周りに理解者と共感者。そして、アンチ派の人間とが必ず出てくるから。
必ずだから。妬み、僻み、嫌味とか反発、反論。
必ず注目を浴びることが多くなる人ってのは、そういう人間の悪意や害意にも触れてしまう。
それはどうして?意味がわからないとなるけど。
仕方ないんだよね。無自覚に比較や劣等感や嫌味などの感情が湧き出してくるとそうなる。
でも、アンチ派の人間に丁寧に接する必要はないよ。
アンチ派は自分自身に対してのアンチであり。
理解者と共感者と仲良くすればいいだけ。
アンチの意見や言葉に左右されて悩む必要は一切ない。
風評被害や人権侵害や名誉毀損などの大きな被害が発生してないなら。
好きに言わせればいい。悪事をしてる人に指摘してその悪事が明るみに出てしまったら、その相手は被害というかもしれないが、それは悪因悪果をその相手がしたからその報いがその相手に戻っただけ。そういう指摘した人は何も被害を与えたわけじゃない。過度な攻撃さえしなければ。ただ事実を提言しただけになる。
それ以外の問題はさ。個人の生き方の話になると。
言いたい人には好きに言わせて、アンチなら関わらないで自分は全く反応しないがいい。
そういう善悪表裏一体の人間なんだからそれもあるんだろうねくらいに思って無視でいい。
お互いに悪質な攻撃してなければ。言葉だけ好きに放ってもそれは一過性のものだ。
そういうアンチの言葉に翻弄される時間がもったいない。感情や自分の良い感情エネルギーを削り、悪い感情を引っ張り出すだけの人にエネルギーを注ぐ反応はしないこと。
相手はそれに対してヒートアップする人に対して喜びを自覚あるなしに反応を楽しみ、口喧嘩して、負かすことが何かしら達成感を感じてるだけ。
意見が合わないと思ったら素人はそのまま黙して無視。
テレビなどの討論会のようなものでないのなら。
争うだけアンチとはとことん平行線なのだから。
善良な人間同士なら関わらないを徹底するだけで。
相手が反論、悪口を言っても一過性の感情の吐き捨てで終わる。
吐き捨ててアンチ意見が言いたいだけの人に真剣に向かい合い対応するほど無駄はないと知る。
そう教えてくれた恩師や恩人がたくさんいる。
別に年上だけじゃないよ。年下から教わることもある。
そんな真剣に本気ならなくてもいいよって。無視すりゃいいだけ。って冷静にさらっと教えられたり(笑)
渡部学は色んな人から教わる。
年齢はただの数で、素晴らしい人は幼少期から素晴らしい。
そこに学ぶことは再認識させられることも多々ある。
若いから未熟は年配者のただの思い込みだ。
もう若くても自然にそこまで高等な悟りのような状態を自然に無理せず会得してる人はたくさんいる。
年齢が重ねてもどうしようもないほど、自分を理解してない人もいる。
話それたけども。
悪質な悪事や攻撃する人間はまたこの話の中では触れてないので対応や考え方が変わるものの。
善良同士、合わない人はいて、素直に反論、反発もあるし、嫌悪感出してコメントする人も居るが。
言うのは自由で言葉選びもその相手が人生で何かで壁に当たり気付くしかない。
アンチ派いても無視すりゃいい。
だが、自分のイメージを上げる方法はやっぱり、アンチなコメントを言うのは心の中で留めておくのも必要かもね。
ただ思ったことをコメントする自由ってのは誹謗中傷の酷い悪質なもの以外は。
一過性のアンチコメントくらい自由なのがSNSで言うのは自由だから言わせればいい。
それに対して真剣に怒り反応するエネルギーがもったいない。
楽しく共感、賛同してくれる人達とだけ楽しく生きたい。悪事をするわけじゃないのならそれでいい。
類は類を呼ぶ。
理解者とだけ仲良くいればいい。理解者でも、説教や諭すことはある。自分自身の都合悪い部分を指摘する人もいる理解者だからこその言葉もある。
心地よいだけの関係がベストでも大人としての考え方が備わっていれば。都合悪いことも自分自身にとって大事な助言も気付けるならそれも気にするよりポジティブに受け取れるはず。
なので、本当にアンチで嫌悪感や険悪な気持ちだけでコメントしてくる人の反応はしなくてもいい。
無視していい。
当たり前の話だけど、昔の俺は真面目に全てを相手にして争って口論してた時期があるが。
無駄なエネルギーと諭して教えてくれた人が秀逸だった。
総和会
HImaP&Σ 渡部学より。
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