HImaP&Σ 取締役代表 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年10月24日(木)日本時間、AM9:39、北海道紋別市。
ども、去る者は追わず、来る者は選ぶ学です。
そう言えば、YouTube動画とかSNSでも。
コメントする渡部学ですが。
確かにコメントする内容ってのは電脳仮想空間では。
自由にコメント出来る空間ですし、交流の場。
さらに渡部学のように自分自身を発信投稿する人間がいる。自由掲示板や自由書きノートを公共の場所に置くようなね。内容書き捨てて。
ただし、自由書きノートや掲示板(ホワイトボード)を公共場所に置いたとして、書き捨ててある内容に、何を言っても問題ないはずだ。
だが、ネットとはSNSもYouTubeも何もかも個人のアカウントがあるもの。
ゆえに完全に自由とはいかない。
ヘイトスピーチや誹謗中傷や妨害や危害は刑罰に相当する罪です。
SNSやネットとは仮面を被り、相手の人と直接会わず、誰かもわからない状態でするもの。
メールも実はそれ。信頼してる機能だから直通と思っているものの、なりすましや直通を阻害されてる可能性もある時代です。
そんなSNSで見ず知らずとコメントで些細なことで、不満や不服を言うことも自由です。それくらいなら誹謗中傷でもない。
渡部学はここで何を言いたかったかというと。
YouTube動画やSNSでは実際お会いして直接会って本当に自分自身という人間を知らない人同士が。
投稿や内容の【切り抜き】の内容で個々で思う感情に応じた言動は決して、その人も【切り抜き部分】だけでのコメントをしてるだけであり。
お互いに本当の自分自身をさらけ出してお付き合いした人間関係ではないのです。
だから勘違いや【切り抜き部分】だけのことで決めつけた内容になるのはみんな同じなので。
その切り抜きでのことだけで【その人の価値はわからない】。
ただし、人間というのは面と向かって直接じゃないと本性が出るもの。思考や感情に忠実に出てるものなんです。
だからこそ、直感的に合わない人を察知できるとも言えます。
これは人を顔や見た目でその人を大方の人間性を判断したりするのと同じくらい直感的な判断です。
実際はそれプラス直接的に接したり、長く付き合うことで露呈するその人の本質的部分ってのもある。
渡部学は別に極端な例題を話してはいない。
極当たり前のことを言ってます。
ただし、それがわかってない人も居るし。
話してもわからない人種もいる。
正論だけが正しさでもないのが世の中ですから。
正論は正しさではあるものの、例外もあることが人間社会です。人間関係ですので。
渡部学が全て正論を言い、全て正しさがあるとは言いません。
だが、多くの人が賛同する内容です。
特別なことは言ってない。誰かの真似ではないし、真似と言うことも一理あるし。
でも、これってのは世界共通して普通なら暗黙の理解だと思ってます。
なので、渡部学のコメントや考え方が合わない人もいるし、【切り抜き部分だけのコメント】で、合わない人もいるけど。
その人の本来の性格的な魅力は実際に会って交流することで本領を発揮します。
だが、しかしながら、渡部学も人を選ぶ権利はある。選りすぐるので直感的に嫌だと感じたら交流を拒否や拒みます。
その人と関わり本当の本来の姿と性格を知って本当に合わないか、合うかはやっぱり直感的に会って気付けるものかも知れない。
ただ、直感とは結果的に当たってることもある。
会ってなくても直感的に合わないことを理解し、ガード、ブロックは人間の直感的本能かもしれない。
好かれる好かれないも種別だと思う。
俺って美女に好かれるんだー(ゝω・) テヘペロ
嫉妬するなよ(笑)自分磨きして、なりたい自分自身になればいい。演技でもいい。そうすれば邪心がなければ、演技でなく、それはその人の自然な姿へ変わる。
まー演技だけで表面的なだけ見繕っていても、誰かにいつかはバレることになる。
それがその人の評価という人間関係、社会のルール。
ですので。全て読んで理解する人、読んでないのに賛同する心理的な心密度の繋がり濃い人には、理解してくれる人だけでいい。
長いとか。めんどくさいとか理解がなく学に反発的な人は全く必要としてません。が、そこに愛嬌がある場合は歓迎します。
本題は【切り抜き部分でのコメントではその本人の全てを出したわけではない。】
【切り抜き部分での投稿にコメントしてくる人も切り抜き部分での感情にしたがってしか言ってない。】
なので、見ず知らず同士が切り抜き部分で好き勝手にお互いに解釈してしまってるだけになるので。
そこにその本人同士の人間の性格を確定出来ません。
それがネットです。
だが、大人になるとちょっと関わっただけでこの人は苦手、嫌だというのは関わるとすぐにわかるものです。
そういう話でした。
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