8月26日、月曜日。
仕事の時と同じ5時に起床。
昨夜は何とも寝付かれず、日が変わっても目が醒めては眠るの繰り返し。
どうにも体が怠い。
雲って霧が掛かっている。
阿波池田の駅に行くと、待合室には誰もいなかった。
スタンプを押す。
阿波池田の他にも、大歩危など周辺の駅スタンプもあったが、どれも傷んでいた。
5時47分発の阿南行きに乗車する。
1200系の3輛編成で乗客は私一人。
10年ちょっと前に訪れた時には首都圏色のキハ40が並び、駅の雰囲気とも相まって国鉄時代を思い起こさせたものだったが。
阿波池田を定刻に発車する。
朝日が上がって来る。
左側に吉野川がちらりと見える。
次の佃を発車すると、土讃線が大きく左へとカーブして行く。
阿南行きは真っ直ぐ、徳島線へと入る。
吉野川の南岸の河岸段丘を走る。
吉野川の水面がキラキラとしている。
朝日が眩しい。
江口を発車してしばらくしたら、矢鱈とタイフォンを鳴らし始めた。
そうこうする内に、急停車。
猪と接触した、とのアナウンスが入る。
点検の為、多少停車する。
特に異常も無かった様で、6分程の遅れで走り始める。
平野部が広がり、景色がゆったりして来る。
うだつの町並みの最寄り駅、穴吹に到着。
遅れているのですぐに発車。
昨年、うさぎ神社参拝の為に車でここに来た。
2010年には穴吹で下車して吉野川を渡り一泊した事もある。
穴吹を出ると吉野川の際を走る。
岩津橋が見えて来る。
川田を過ぎると吉野川から少し離れた所を走る。
合格祈願の入場券で名高い学を出ると、牛小屋が目立つ。
阿波川島では3分停車。
川島城が見える。
阿波九城の一つで川島惟忠が築き、後に蜂須賀家政の家臣である林能勝が城主となった城だが、一国一城令により1638年に廃城となる。
その跡には明治維新まで徳島藩の奉行所が置かれていた。
鴨島は1995年に急行「よしの川」を撮り鉄に来た際に宿泊したホテル、セントラルホテル鴨島がある。
この駅でも学生を中心にかなりの乗車があり、ほぼ座席が埋まってしまった。
特急「剣山」と交換の為、3分程停車するが流石に撮り鉄は出来ない。
向かいに座った女子高生に日除けを閉められてしまった。
まあ、眩しかったしここから先、特に景色も良い訳でも無いから構わない。
それにしても、化粧を始めるとは思わなかった。
良くもこの揺れる車内で化粧出来る物だと感心する。
佐古で高徳線と合流し7時38分、徳島に到着した。
ここで下車し、9時30分発の牟岐線阿波海南行きに乗り換え阿佐海岸鉄道に乗り継ぐ計画を立てていたのだが。
予定表を見ると時間が明らかにおかしい。
阿波海南には11時42分到着だが予定表には阿波海南着10時38分と一時間も早く記載してあった。
乗り継ぐ阿佐海岸鉄道のダイヤも10時58分発。
何でこんな勘違いをしたのか。
慌てて計画を練り直したが、一時間の差は大きく変更は不可能だった。
まあ、台風も近付いている事だし何があるか解らないから大幅に予定を変更する事にした。
こう言う時に18きっぷは便利が良い。
しかし、阿佐海岸鉄道は今回の旅の一番のメインだっただけに残念で仕方がない。
また、近いうちにリベンジをしに行かねばならない。
8時12分発の穴吹行きに乗車する。
徳島線の折り返しで4輛編成で到着し、2車輛を切り離す。
間違えて切り離す方の車輛に乗車してしまった。
車輛は1500系の2輛編成で車内は転換クロスシートが並ぶ。
発車時間が近付くと、ほぼ座席が埋まり立ち席も出て来た。
定刻に発車。
徳島を出ると高架を上がって行く。
次の佐古までは複線で、特急「うずしお」とすれ違う。
佐古を出ると高徳線が右へカーブして行く。
朝乗って来た路線を後戻りする。
学校などの脇を掠めて走る。
蔵本で、高校生っぽい一団が下車して大分と空いた。
徳島行きと交換する為、暫く停車をする。
鮎喰を過ぎると鮎喰川を渡る。
そして8時26分、府中(こう)に到着。
割と下車する中、私も一緒に下車する。
跨線橋の上から発車する1500系を狙う。
非電化路線だと架線が無いので上からのアングルも取りやすい。
撮り鉄をした後、散策に出る。
国道318号沿いのセブンイレブン徳島国府町府中店に寄り、お茶を購入する。
国道を渡り
観音寺の案内に従って進むとその途中に「府中宮(こうのみや)」こと、大御和神社が鎮座している。
創祀年代は不詳であるが、一説に大和国三輪神社から勧請されたと言われている。
そして近年、うさぎ神社としても名高い。
鳥居を潜り手水舎を過ぎると。
あやかり兎が鎮座されている。
更に境内のあちこちが、うさうさしている。
社務所も、この通り。
御朱印の連絡をしたら、今は人がいないのでお金を置いて持って帰っても良いとの事。
なので、先ずはお詣り。
社殿の裏にも白い親子うさうさが鎮座しておられた。
社務所の中に入る。
御朱印がズラリと並んでいる。
お目当ての御朱印は、うさぎ作家のらいらっく氏による7月1日から8月31日までの限定イラストのもの。
https://x.com/pfeasy/status/1806885310057382319?t=e3Z2E6GcRjN7LQEecYmsvg&s=19
幸いにまだ残っていたので二種類ともお受けする。
そして、うさぎ神社にはつきものの白うさぎおみくじ。
うさうさの御守りもあった。
しかし、小銭が無く800円とか半端な金額を納める事が出来なかったので、500円の御朱印と、500玉があったので白いうさぎおみくじをお受けした。
お詣りを済ませて帰る間際に、社務所の方が来られてご挨拶とお金を幾ら置かせて頂いたかを説明した。
あと、貴重な遺稿として境内に「肇国精神洽八紘 紀元二千六百年記念事塔」が残っていた。
この手の建造物は、戦後に解体された物も多い為に現存するのは極めて貴重である。
最後に、末社の江之島神社にお詣りした。
この神社の狛犬がちょっと変わっている。
何と言うか、漫画チックな気がする。
駅に戻る道に、野神社・八坂神社が鎮座していたのでお詣りをする。
府中の駅に着くと、9時41分発の穴吹行きが早々と到着していた。
これは特急退避だなと思い、跨線橋で望遠レンズを構える。
40分頃、阿波池田方面から特急「剣山」が通過。
国鉄最後の特急形気動車キハ185の2輛編成。
JR四国のフラッグシップとして特急「しおかぜ」「南風」で活躍をしたが振り子式の2000系気動車が登場すると、徐々に活躍の場を狭めて行った。
その2000系も後続の2700系に活躍の場を奪われている。
9時41分発、穴吹行きが発車。
続いて9時50分発の阿南行きが到着。
徳島へと戻る。
蔵本で穴吹行きと交換。
徳島には10時9分の到着。
このまま徳島で下車しても、高松行きは12時26分まで無い。
徳島では特にする事も無いし、そのまま阿南まで行く事にした。
時間があるので「麺屋れもん」にて祖谷そばでも手繰ろうかと思っていたが、営業時間が11時から14時になっている。
昔来た時には朝からやっていた記憶があったのだが。
10時30分、阿南行きが発車。
2輛目は回送となっているので実質は単行である。
JR四国はこのような運用が多い。
徳島の都市圏を走る。
住宅などが連なる。
地蔵橋を過ぎると山の頂上に城みたいな建物が見えて来た。
かつて小松島線が分岐していた中田に到着。
小松島線の跡は遊歩道として活用されていた。
次の南小松島は、小松島市の中心駅であるが余り活気が無い。
化学工業プラントを過ぎると阿波赤石。
段々と住宅がまばらになり、田畑が広がって来る。
羽ノ浦で下車。
気が変わって、ここで交換する阿波池田行きに乗り換える。
阿波池田行きは11時7分発。
1200系2輛編成。
11時41分に徳島に到着。
時間があるので駅ビル内を色々と見てまわる。
何かしら駅弁かそれに類するものでもと思ったが、そう言うものはなかった。
ただ、男前カラアゲと言う店には唐揚げ弁当が何種類かあったが、正直揚げ物はきつい。
結局、何も買わずにビルを出る。
土産物屋には、あちこちに「ししゃもねこ」のポスターなどか貼ってある。
ガチャガチャも用意されていた。
まなにゃーデックスさんは猫さんは好きだし、ししゃもは大好物なのでちょうど良いキャラクターだと思うのだが。
ぬいぐるみは、でかくて高かった。
それにしても、昨年の夏に来た時には全くなかったのたが。
いつから誕生したのだろうか?
12時26分発の高松行きを待つ。
構内にはキハ40とキハ185と言う、国鉄時代の気動車が並んでいる。
阿南方面から徳島止まりの列車が来て、回送列車として高松行きが到着した。
車輛は1500系の単行。
それなりに混雑する。
佐古で徳島線と別れる。
そして四国三郎・吉野川を渡る。
吉成で徳島行きが停車していた。
徳島の都市圏だから住宅などが多い。
勝瑞で学生を中心にかなり下車した。
旧吉野川に掛かる市場橋を眺めながら、景色は一面の蓮畑に。
そして鳴門線との分岐である池谷に到着。
Y字になったホームの頭の部分に、駅舎がある。
国鉄やJRでは余り見ない、地方私鉄にたまに見掛ける様な造りである。
板東では徳島行きが停車していた。
そして徳島行きの特急「うずしお」が通過して行く。
かつて鍛冶屋原線が分岐していた板野だが、面影はなかった。
板野を過ぎるて、段々と山へと入って行く。
徐々に勾配がきつくなって行く。
みるみる、家などか見えなくなりエンジンの音が上がって行く。
山の中で一服する様に阿波大宮に到着。
そして県境の大坂峠に挑む。
トンネルが続く。
下り勾配に変わり香川県に入る。
遠くに海が見える。
峠を降りると讃岐相生。
平野部を淡々と走る。
引田では5分停車。
駅舎の解体工事をしていたから、旧駅舎と仮駅舎の撮影をする。
特に交換や追い抜きはなかった。
三本松では下校中の高校生が多数乗車して来る。
田畑の広がる宅地を走り丹生に到着。
9分程停車する。
徳島行きの特急「うずしお」が通過して行く。
貴重な2600系だった。
続いて、徳島行きの普通列車が到着した。
13時46分に発車。
暫く走ると瀬戸内海が見え、沖に絹島が見える。
太平洋側とは違い青く穏やかな海。
鶴羽からまた内陸部へと入る。
讃岐津田から羽立峠を避けて南へ大回りする。
羽立峠には「太平洋慰霊碑の丘」と言う施設があり、人間魚雷回天1型のレプリカや、特攻用グライダー神龍のレプリカが展示されていると言う。
機会があれば行ってみたい。
神前で高校生達がほとんど下車した。
車内が静かになる。
造田で9分停車。
高松行きの特急「うずしお」が通過して行った。
14時12分に発車する。
次のオレンジタウンでも引田行きと交換。
そして再び海沿いに出て、平賀源内の出身地である志度に到着。
徳島行きの特急「うずしお」と交換するので、スタンプを押しに行く。
駅構内も平賀源内一色である。
「うずしお」も撮り鉄をしたが、ホームの構造上良いアングルが取れなかった。
志度からは琴電の志度線と並走する。
五剣山・八栗山が見えて来る。
八栗口でオレンジタウン行きと交換。
高松の都市圏に入っているから、周辺は賑やかである。
古高松南が近付くと、今度は屋島が見えて来る。
屋島と言えば言わずと知れた源平合戦の舞台。
屋島の駅には、屋島の合戦の扇子絵が飾ってある。
勿論、「扇の的」の場面であった。
屋島の駅を過ぎても、屋島が堂々たる姿を見せ付けていた。
高徳線は、高松の中心街を避ける様に、栗林公園北口から西へ大回りする。
岩清尾八幡宮が見える。
昭和町で東に進路を変え15時1分、高松に到着。
15時10分発の快速「マリンライナー42号」は既に停車していた。
自由席は車端のボックス席しか空いてなかったが、荷物を置いて駅弁を買いに行く。
高松駅の駅弁は色々あったが、「讃岐名物あなこめし」を購入。
高松発は特急「うずしお」徳島行きと同時発車だった。
讃岐平野を走り、坂出が近付いて来ると讃岐富士こと飯野山が見えて来る。
坂出から瀬戸大橋線、正式には本四備讃線に入る。
宇多津からやって来た路線と合流する辺りで、これから渡って行く瀬戸大橋が見えた。
瀬戸内海の上を渡るから、眺望が良い。
瀬戸内の島々を見渡せる。
10分程の空中散歩。
16時3分、岡山着。
16時12分発の相生行きはホームが変わる。
乗り換え客でごった返す岡山駅の階段を渡る。
相生行きは115系でかなりの乗車率だったが、何とか通路側に座れた。
18きっぷで西へ行った際の最大の難所が姫路と岡山の間。
途中で学生が降りたり、乗ったりと混雑したまま17時18分、相生に到着。
次の姫路行きは17時20分で播州赤穂からやって来る。
既に満席で、先頭車運転室後に立つ。
荷物が多く辛い。
17時39分、姫路着。
41分発の新快速草津行きに乗車。
先頭車でもボックス席しか空いてなかった。
15分待つ気もないから乗車。
仕事でよく乗る区間だから、何の感慨も無い。
駅毎に客が増える。
外国人の一団もいる。
こいつらは本当にうるさい。
テンションが上がっているのか声もオーバーアクションも喧しい。
三ノ宮や大阪からの帰宅ラッシュも酷く、呑み鉄とかは現実的ではなかった。
京都で下車し、地下鉄で四条に出る。
ラッシュ時なので特に酷い。
フレスコで買い物をし、汁パレスに帰宅。
高松駅の駅弁「讃岐名物あなご飯」で呑む。
干し椎茸の出汁で炊いたご飯が絶妙で、もしかしたら姫路駅「まねき」のあなごめしより旨いかも知れない。
そして今回の戦利品。
まなにゃーデックスさんへのお土産。
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