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2024年08月20日10:25

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愚痴や不満や過去を言わない?

屋号 HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年8月20日(火)日本時間、AM9:26、北海道紋別市。

こんにちは、渡部学です。

本日の記事。二回目。

Facebookのどなたかの投稿でこんな言葉があった。
【愚痴や不満や過去を言わなくなって人は成長する。】

これに対する渡部学のコメント。
確かにそれを出来る人は崇高な素晴らしい人であるかも。でも多くの人は不満や愚痴は言い合い心理的にも成長する。愚痴や不満を言っても何も成長しない人は気付きがないのは差が出るかもしれない。
重要なのは関係性であり、関係が悪い人や心理的な心の距離により、仲良い人と仲良くない人で愚痴や不満を言い合っても聞き入れれる人とそうでない人で分かれる。
それは愚痴や不満を言う、言わないに関係ない話です。

少しはそのコメントと変えてます。ほぼ同じ意味です。

確かに、有名な小林正観さんや斎藤ひとりさんの幸運呼び寄せには、愚痴や不満は言わないとか、ありがとう、嬉しい、楽しいなどそういう言葉を使うと良いって教えがある。

これは正しい。上記の人の言葉も正しいのよ。半分はね。

斎藤ひとりさんや小林正観さんの本当の言葉の意味を渡部学は考えるのですが。

愚痴や不満を言わないってのは言ったらダメですよではないんですよ(笑)(注意 たぶん合ってるから)。

だって小林正観さんや斎藤ひとりさんはそう言ってるじゃないか?

って言う人達の思考がね。お堅いのよ。偏りがありすぎる。

人間ってね。不安定な生き物で、日々考えは他人と関わり変わったりしてる。確かに性格的な性質は変わらないとしても、意見を変えることが日々生きてるとあるはずなんだ。

小林正観さんや斎藤ひとりさんの教えってのは幸運を呼び寄せるきっかけの話であって。

人間が必ずしないと行けませんよ。的な強制でもなければ、それだけやらないといけないわけではなく。

それを聞いて考え方が固くなってしまった人達が思考の柔軟さを欠いてしまい、考え方が片寄ったことで、そうなる。

今回の題材の不満や愚痴や過去を言わなくする。って部分で話してるけど。

愚痴や不満や過去を言わないってのは、小林正観さんや斎藤ひとりさんの言葉も上記の人の言葉も一理合ってる。

確かに言わないと成長するのは一理ある。

人生の全てがそこに詰まってるわけではない。人生の一部として当てはまることがあると言うだけ。

合ってる、合ってないと言えば、合ってるけど。合ってるって言うのは全てにパーフェクトな正解ではない。

完璧なんてないんですよ。

愚痴や不満や過去を言わないってのは、つまり自分自身のマイナスイメージ、ネガティブを出さない自分自身のイメージ戦略になる。クリーンな人間のね。
イメージ=信用度に相当するから

言わない方が賢いってだけよ。

だけど、人間ってのはそもそも、善悪表裏一体で、どんなに素晴らしい人も生きてれば嫌いな人が必ず居るし、嫌なことは必ずある。

必ずあるんだ。(笑)

つまり、それを表に出さないってのは好かれるけど。
正直、深く関われば、人はその人のマイナス部分を見えることになる。

そこからなんだなぁー人間関係ってのは。

それでも深く繋がれる人か?
仲良く居れる関係とそうなれない人との心の距離が違ってくる。

そこまで深く心の距離が近いと、愚痴や不満や過去を言っても、関係が良い人とはそこまで問題にならないんだよ。

噛み砕いて言うとそういうことなんだ。

だが、世の中には理解力とか察する力がまだ低い人や、遅い人はいる。渡部学も察するのが遅い人なんですよね。

だから、話の中で鵜呑みにしてしまい、思考が固くなる。

たぶんだけど、小林正観さんや斎藤ひとりさんに聞いてごらんよ。本人達も言うと思う。

愚痴や不満や過去を言わないようにはしてるけど。心にはマイナス部分やネガティブはあるよ。
しかも親しい人には愚痴や不満や過去を言ったりすると思うんだよね。
幸運を呼び寄せるためになるべく言わないようにしてるだけで、心理的にそれがないわけではないと思うしね。人間生きてれは必ずそういう部分あるはず。

絶対的にそういうのないと思うとか、全くそれを言わないのが正解ですとか。極端に捉えてしまう人達は宗教団体にすがるタイプよ。(笑)

話それるけど、宗教ってね。無宗教の人が本当の宗教なのよ。誰かにそれをした方がいいとか言われてするんでもなく、団体や形あるものに依存するでもなく、自分自身の考えを大事にリスペクトする人の考えを一部として取り入れる。全て教えのままに生きない。

これって実は世界中の人々がしてることでね。無自覚と自覚しての人はいるけど。

渡部学は説明してるので自覚してるんだけど。

考えが猪突猛進や、一点突破の人って、何か心が不安定で何かにすがりたいのよ。

死んだ人を祭る仏教や葬式もそうだよ。お坊さんにすがるだろ?それがもう伝統のように、無くては常識外れみたいになってるだろ?
まぁー深く言えば未知の領域で金の巡りを作った人達のイメージ戦略勝ちなんだけどね。

未知の領域を知ると渡部学も病気の身体が苦しい、痛いだと不安だし、直すために医者にすがるだろ?
無知だし。
でも、未知の領域を知ってもすがるしかない立場だから仕方ないけど。些細な病気などもただの権力者達の苛めでしかないわけよ。
理由はここで言わないけど。

人間って考え方をコロコロ変える人は一貫性がないからと信用を失うだろ?

嘘つき泥棒の始まりとか(笑)それは理由がある。悪事に嘘をつくかは。

嘘も方便とも言うし。使いよう。

人間ってのはイメージ戦略なのよ。情報操作や情報戦線もイメージ戦略ってあるのよ。

庶民なんてニュースでイメージ戦略しかされてないだろ?

その庶民に向けて俺は洗いざらい暴露して教えてる。凄い人間(笑)

渡部学って凄いのよ。本当はね。まっみた感じ透析患者の中年の無職だけどもね。

皆さん、当初の議題に戻るけど、不満や愚痴や過去を言わない、言うの正解はわかりましたか?

どちらでもいいのよ。どちらでも誰にも縛られることはないのよ。
ただ、害意や敵意は時に自分自身のイメージや信用を低くするから注意が必要ってだけの話。
それを気にしない人達の間で愚痴や不満や過去を言わないなんてことは言っても、意味はない。逆に仲が良かったら必要なこと。

小林正観さんや斎藤ひとりさんの信者達も同じ。凝り固まった偏った考え方に固執してしまわないように。

確かに、ありがとう、嬉しい、楽しいを言葉にすることの良さはある。
でもそれだけしか言わない。言えないって教えではないんですよ。

たぶん、本人さん達に聞いても渡部学と同じ答えが帰ってくるよ。(笑)

人間ってものを知ること。自分自身を知ること。

何かにすがる人や宗教や誰かの教えだけに固執して一点突破するタイプはまだ自分自身を知らない。人間を知らないんだろな。

そう思います。(笑)よく言うのはアイツ、コロコロ言うこと変えやがるって怒るやついるじゃん。

それ誰でも同じだから。たぶん、自分自身の都合に良くないとか、勘に触る、苛立つから言うセリフだよね。

まーでも、それも状況に応じて変わること。

それが争い事なら、コロコロ言うこと変えやがるやつは敵対者としてかなりそれが権力あって、自分自身を追い詰める人なら厄介なのよ。

こういう細かなことを噛み砕いて説明して理解して、察せれてさらに良好な人間関係を築ける人となら最高な日々。
そして、その逆にどんな話しても話の理解しても心理的な理解はなく、害意や敵意を持ち、攻撃的な行為する人は敵対者でしかないのよ。(笑)
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