昨日、烏丸駅で貰った阪急が出してる情報誌「Well TOKK」
肉料理特集だったのだが。
まさか、島本町にジビエの店があったとは。
しかも、なかなかの高級店。
普通、こう言う店は観光客が見込める山か、人口が多く客単価の高い都会にあるものだが、流石は島本町。
リストランテ コンテ
https://www.ristorante-conte.jp/sp/
しかし、なかなか雰囲気が良さそうな店だし、まなにゃーデックスさんが行きたがりそうである。
今日は後祭宵山。
休み取って見に行く。
10時前に汁パレスを出る。
先ずは、鯉山へ。
ここは人気の山でいつも混んでいるのだが、流石は朝一番だけあってゆっくりと、16世紀にベルギー、ブリュッセルで製作された胴掛に、江戸時代初期の名工左甚五郎作と言われる鯉の彫刻を見る事が出来た。
続いて黒主山へ。
昨夜、浅島さんから粽をお願いされていたので購入。
宵山まで粽が残っているのが羨ましい。
謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花をあおぎながめている姿を御神体もゆっくり眺める事が出来た。
御神体は寛政元年(1789年)5月、辻又七郎狛元澄作の銘を持つ。
次は役行者山。
御神体は役行者と一言主神と葛城神の三体。
修験道の開祖である役行者にちなみ、後祭宵山の7月23日に役行者山の前で山伏問答や護摩焚きが行われる。
まだ時間が早いので、鈴鹿山へ。
御神体は伊勢国鈴鹿山で道ゆく人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫尊)を、金の烏帽子をかぶり手に大長刀を持つ女人の姿であらわしている。
しかし、まだ会所は開いていなかった。
次に八幡山へ。
町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請した山で、総金箔の美麗な祠が鎮座する。
鳩雌雄一対の鳩は、左甚五郎作と伝えられ夫婦和合のしるしとして今日まで信仰を集めている。
八幡山の南にあるのが北観音山。
「上り観音山」ともいわれており、文和2年(1353年)創建であることが町有古文書に記されている。
山舞台には楊柳観音像と韋駄天立像を安置する曳山である。
蛸薬師通に入り今や唯一の休み山となった布袋山の前を通る。
布袋山は、祇園祭が応仁の乱による中断を経て明応9年(1500年)に復興された際、前祭の山として巡行に参加した山。
天明8年(1788年)の大火で布袋尊と二童子を残して消失し、休み山となった。
そして橋弁慶山へ。
謡曲「橋弁慶」を題材に、牛若丸と弁慶が五条大橋の上で戦う姿をモチーフにしている。
次の浄妙山も、源平時代を題材にした山。
1180年(治承4年)の宇治川の合戦に三井寺の僧兵筒井浄妙が橋桁を渡り一番乗りをしようとすると、一来法師がその頭上を飛び越え、「悪しゅう候、御免あれ」と前に進み出て先陣をとってしまったという故事に基づいている。
かつては「悪しゅう候山」とも呼ばれていた。
御神体を眺めていたら、浄妙山の役員の方に、巡行ではとんだ事でしたと慰められた。
四条を渡り大船鉾へ。
神功皇后の三韓征伐を題材にしており、前祭の船鉾が神功皇后の出陣を表すのに対し、後祭の船鉾は戦に勝った凱旋の船を表すもので凱旋船鉾と呼ばれていた。
そして大船鉾で大変な事を知ってしまった。
いつも宵山でオムレツを出していた「ワイン&お野菜バル ベジバル」が閉店してしまっていた。
もう、あの美味しいオムレツが食べられないとは実に残念である。
汁パレスに戻る途中、「酒菜食房 いち」の前を通ったら、後祭でも鱧カツバーガーを出している様だった。
最後に南観音山へ。
「下り観音山」ともいわれている。
本尊の楊柳観音像は、悠然と瞑想する鎌倉時代の座像である。
汁パレスで昼食を取り、13時50分に役行者山へ向かう。
途中、鷹山で御神体を公開していたので寄ってみる。
鷹山は、応仁の乱以前より「鷹つかい山」として巡行した山鉾で、在原行平の仁和の行幸をモチーフにしている。
役行者山に着いたが、護摩焚きを待つ人で物凄い人。
仕方なく通路を通りながら眺めた。
丁度、火を着ける所であった。
帰りに、北観音山。
そして、くろちく本店へ。
まなにゃーデックスさん好みのカバンがある。
汁パレスで転た寝していたら、17時頃に帰宅したまなにゃーデックスさんに起こされた。
宵山見学へ。
先ずは南観音山。
そしてくろちく本店へ。
うさうさカバンは、またの機会に。
続いて北観音山。
八幡山から鷹山へ。
お囃子をやっていて、かなり混雑していたが、その為に御神体は空いていた。
役行者山では、まなにゃーデックスさん好みの役行者神腰掛石へ。
鈴鹿山はかなり拝観の列が出来ていたのでパス。
黒主山では正使による鬮渡しの公開練習をしていた。
浄妙山では、正使の方が巡行に参加する人に御神酒を与える所だった。
浄妙山の宵山用の胴掛が、砂漠にピラミッドとカリフの意匠なのが、また祇園祭だ。
橋弁慶山では御神体へ笛の奉納をしていた。
なかなかガイドブックに載らない行事が続く。
鯉山から大船鉾へ行き、汁パレスの帰りに「酒菜食房 いち」の鱧カツバーガーを買う。
そして夜なら宴会。
22時50分頃、再び南観音山へ。
宵山まで夜に行われる秘事「あばれ観音」を見に行く。
路肩で待っていたら、数年前に蟷螂山の祭礼授与品の意匠をお願いした、小森先生がいらっしゃった。
23時10分頃から、会所から「わっしょい」の声が聞こえる。
そして23時18分頃、布に包まれた楊柳観音と善財童子が登場。
「わっしょい」の掛け声と共に町内を暴れ回る。
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町内を三往復し、10分足らずで謎に満ちたあばれ観音は終了。
これで宵山の全ての行事が終わりを告げた。
京◯グループやからなあ。
ウチも京◯グループの会社と取引あったけど、同じやったわ。
下請は黙ってこっちの言う事聞いとけって態度が丸見えやったわ。
京都タワー「たわわちゃん」事業終了 作者が経緯明かす「コンプライアンスにおいてお付き合いできる企業ではない」
https://twitter.com/miya_sylvian/status/1815568005289726259?t=acJO3WoCra-VILoI5norSQ&s=19
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