HImaP&Σ ワタナベマナブ。
2024年6月12日(水)日本時間、PM5:33、晴れの日。
人は産まれて死んでいく。
未知の領域を知ると、病気とは力ある種族の弱いもの苛めの虐げるだけの行いである。
世の中の全容なんてのはわかってないわけではない。
未知の領域を駆使できても、出来なくても、基本は人間で変わらない。
人の痛みを、人の苦しみを知らぬ者がその苦痛に対してなにも感じないからこそ、病気とは権力者が作り出す産物。
医療も福祉施設も実は都合良く作り上げたもの。
それゆえに、この世界の常識は出来た。
だが、時代に革命が起きる。ロボットという技術力が今、そんな世の中さえも覆せるようになる。
病気のない世界にできる。
だが、無くならないのは、人に巣くう悪心。
どうして人は悪心に染まり自分自身では自覚できないほど、誰かが消し去るしかない人格や性格を生み出してしまったのか?
同じ人間なのに。
今、ワタナベマナブがそんな世の中に対して不満を言っても何も変わらない。
だが、一筋の光がある。変われる内容が存在してること。
共存共栄の平和的生活と産まれと死に方の最良な循環。
ワタナベマナブのこの時には苦しくも叶わず。
父の死に方にも全く抵抗もできず。父はやられるがままに苦しみ死ぬのかと思うとやるせない。
人には、人々が生きる上で正しさがある。
その正しさが歪ませてるのも人だ。
いつか、渡部学の理想はその歪んだ人間の排除。
いや、歪んだ人格や性格の矯正。平和的解決と、死に方改善。
病気が無くならないとしても、苦しむ時間や痛みの時間をできる限り削減し、衰弱して動けなくなっても、安らかな死に方を与えられる世の中。
どうやれば正解のルールになるだろう?
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