新日本プロレスは度々、お家騒動に見まわれました。(゚Д゚)
その中でも1984年に起きた、お家騒動を書いてみましょう。
当時、新日本プロレスはタイガーマスクブームや、長州力率いる維新軍の活躍で、凄まじい人気でした。
しかし、利益は出ている筈なのに、選手やスタッフに還元されていませんでした。
そこに不満に思った選手やスタッフが調べたところ、新日本プロレスの利益が右から左に流れていたのです。
当時、アントニオ猪木はブラジルで、アントンハイセルという、トウモロコシからアルコール燃料を作る事業をしていた。
しかし、なかなか上手く行かず、新日本プロレスから資金を流用していたのだ。
それを追求し、反猪木派は社長である猪木、副社長の坂口、営業本部長の新間、役職から追放。
まあ、これと前後するんだけど、猪木の受け皿として第1次UWFが設立。
結果的に猪木は移らなかった。
これは新日本プロレスに多大な影響力を持つ、テレビ朝日から猪木抜きで興行出来るのか?(゚Д゚)と言われたからだ。
結局、この鶴のひと言でクーデターは3か月程度で終息、猪木と坂口は社長と副社長に復帰した。
割りを食ったのはUWFに移籍した選手と、新間であった。
この後、クーデターの余波が、長州力をはじめとした維新軍の大量離脱を生むのだが、これはまたの講釈で。
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