関ヶ原の戦いで東軍・徳川家康に刃向かったのに…西軍の大将・毛利秀元が「3代将軍の友達」になれたのはなぜか
https://news.yahoo.co.jp/articles/6a90997fbac06bc960072b9e54188dcf2f8260d6
毛利秀元は、毛利元就の四男・穂井田元清の子。関ヶ原における毛利家の主戦派の一人だったのに、戦後の幕府との交渉の中で、ちゃっかり有力幕閣とコネクションを構築して、その権威を後ろ盾にして藩政を牛耳った人。
藩主の秀就が反発するようになると、藩の業務をサボタージュした挙げ句に、幕閣に働きかけて独立大名になることを画策。秀元びいきの幕閣もこれにはドン引きして、独立を思いとどまるように仲裁。さすがに毛利にはいられなくなって、息子に家督を譲って、自分は江戸に行って家光の御伽衆の一人になった みたいな生涯。
秀就が非常に評判の悪い人間なので、それに敵対した秀元がマトモなような錯覚に陥りそうになるけれど、その所業を見る限り、秀元も秀元で大概アレな人間だったとしか言いようがない。登場人物みんな悪人。
なんで家光の友だちになれたのか…というのだけれども、家光の御伽衆の中で一番の有名どころが伊達政宗なことを考えると、少なくても人柄の良さで選ばれているわけではないと思うよ。大体、御伽衆は話し相手ではあっても、純粋な友達とは違うだろうと。
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