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2023年09月17日02:29

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【長崎】祈念碑前で犠牲の外国人捕虜を追悼/「戦争の記憶を後輩たちに」長崎の捕虜収容所跡地・追悼碑の清掃、地元中学生が継ぐ

【長崎】祈念碑前で犠牲の外国人捕虜を追悼
9/16(土) 18:55配信

【長崎】祈念碑前で犠牲の外国人捕虜を追悼(長崎国際テレビ) - Yahoo!ニュース 配信より
https://news.yahoo.co.jp/articles/eb4fc4650ec4f9dbc2076c8b02e38167b49bacdc

NIB長崎国際テレビ

第2次世界大戦中に旧日本軍の捕虜となり命を落とした外国人元兵士の追悼式が16日、長崎市で行われました。

戦時中に外国人捕虜の収容所があった長崎市香焼町で行われた式には、元オランダ人捕虜の遺族を含め、およそ60人が参列。

収容所で命を落としたオランダやイギリスなどの兵士73人を偲び建立された祈念碑に献花し、追悼しました。

★SEアンドレ・スクラムさん 「とても恐ろしいことで、(捕虜や香焼の市民を含め)すべての人たちが大変な苦悩を味わったという事実から分かるのは、戦争は決して何も問題を解決しないということです」

オランダからの遺族の訪問は3年ぶりで、戦争のない世界を願いました。

最終更新:9/16(土) 18:55 長崎国際テレビ

〇 煉瓦の壁―長崎捕虜収容所と原爆のドキュメント (1980年)
田島 治太夫,井上 俊治/現代史出版会

〇 ジャワで抑留されたオランダ人女性の記録 (教科書に書かれなかった戦争)
ネル ファン・デ・グラーフ/梨の木舎

〇 高齢社会と地域福祉 (一番ケ瀬康子社会福祉著作集)
康子, 一番ケ瀬/労働旬報社

〇 少子高齢社会における福祉の町づくり (かもがわブックレット)
康子, 一番ケ瀬/かもがわ出版

〇 「社会に貢献する」という生き方―日本女子大学と災害支援
京子, 平田/ドメス出版

〇 置かれた場所で咲きなさい
渡辺 和子/幻冬舎

〇 次代を拓く風に―続・長崎原爆松谷訴訟 (かもがわブックレット)
安斎 育郎,「長崎原爆松谷訴訟」を支援する会/かもがわ出版

〇 「黒い雨」訴訟 (集英社新書)
小山美砂/集英社

〇 奪われた時を私をかえせ―長崎原爆松谷訴訟 (かもがわブックレット)
育郎, 安斎,長崎原爆松谷訴訟を支援する会/かもがわ出版

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「戦争の記憶を後輩たちに」長崎の捕虜収容所跡地・追悼碑の清掃、地元中学生が継ぐ
9/12(火) 17:00配信

「戦争の記憶を後輩たちに」長崎の捕虜収容所跡地・追悼碑の清掃、地元中学生が継ぐ(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース 配信より

https://news.yahoo.co.jp/articles/9b13cecaff7759c6ee411542581b03db2953aa72?page=2

読売新聞オンライン

記念碑の清掃活動を担うことになり、平和への思いを新たにする脇平さん(右)と浦上さん(7日、長崎市香焼町で)

太平洋戦争中、外国人兵士が収容された長崎市香焼町の「福岡俘虜収容所第2分所」跡地に建てられた追悼記念碑の清掃活動を今月から、地元中学校の生徒らも担う。

被爆者たちが行ってきたが、戦争の悲惨さや平和の大切さを学ぶうち、思いを自分たちでつなごうと決意した。15日には元戦争捕虜の遺族らが来日予定で、生徒らは決意を伝える。(坂口祐治)

【写真】終戦直後の福岡俘虜収容所第2分所の航空写真

 清掃活動は市立香焼中学校の3年生全32人で行う。きっかけは、記念碑前で毎年9月に追悼・平和祈念式を催している団体のメンバーが今年6月、同中3年生に行った授業。収容所の建物や捕虜たちの写真をモニターに映し、記念碑は戦争が終わって、元捕虜や遺族らとの平和のシンボルになっていることを紹介した。

 「こんなに近くにあるのに、記念碑の存在と意味を初めて知った」。

授業を受けた生徒から、そんな感想が多くあがった。

「身近にある戦争の記憶を後輩たちにもつないでいきたい」と清掃活動や周辺整備などに取り組むことを決めた。

 最初の活動は今月13日で全校生徒で取り組む。その後は、3年生が毎月1回昼休みに碑の拭き上げや、プランターの花の手入れ、周辺の草取りなどを行う。

 15日には、収容所にいた元戦争捕虜のオランダ人の遺族らが来日し、同校で交流会を開く。

生徒らはグループに分かれ、収容所のことや、当時の捕虜たちの写真を見て感じたことなどを英語で発表する。

 同分所は1942年、旧日本軍が長崎港口に浮かぶ当時離島だった香焼島に開設した。オランダ、米、英、オーストラリアの連合国軍の捕虜が最大約1500人収容された。

近くの造船所で過酷な労働を強いられ、終戦までに栄養失調などで計73人が亡くなったとされる。

 記念碑は中学校体育館裏のフェンスを隔てた隣接地にあり、亡くなった兵士の名前が刻まれている。

この地に収容所があった歴史を忘れてはいけないと、市民や被爆者団体が浄財を募り、2015年の戦後70年の節目に設置された。

碑の清掃など維持管理は被爆者らが行ってきたが、高齢化も課題となっている。

設置当時から花の手入れや草取りなどを続けている、近くに住む被爆者の井黒キヨミさん(97)は「若い人たちが関心を持ってくれてうれしい。最近は、作業を親類に頼ることが多くなっていた」と喜ぶ。

 中心になって取り組む同中3年の脇平ゆずさん(14)は「収容所のことを絵本にして、小さな子どもたちにも優しく平和を伝えたい」と意気込み、同級生の浦上優衣さん(14)も「高齢化している被爆者の方々から平和のバトンを受け継いでいきたい」と誓う。

指導にあたる元村義信教頭(54)は「戦争には加害、被害の二つの視点があることを生徒には学んでほしい。活動が後輩たちへと続くことを期待している」と話している。

 追悼・平和祈念式は16日に開催。遺族や関係者ら約50人のほか、同中の生徒代表も参列し、全校生徒で作った折り鶴をささげる。

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最終更新:9/12(火) 17:00 読売新聞オンライン
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私のコメント : 令和5年9月17日、太平洋戦争中、外国人兵士が収容された長崎市香焼町の「福岡俘虜収容所第2分所」跡地に建てられた追悼記念碑の清掃活動を今月から、地元中学校の生徒らも担う。被爆者たちが行ってきたが、戦争の悲惨さや平和の大切さを学ぶうち、思いを自分たちでつなごうと決意した。9月、元戦争捕虜の遺族らが来日されたおりに、生徒らは決意を伝える。
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第2次世界大戦中に旧日本軍の捕虜となり命を落とした外国人元兵士の追悼式が 令和5年9月16日、長崎市で行われました。 戦時中に外国人捕虜の収容所があった長崎市香焼町で行われた式には、元オランダ人捕虜の遺族を含め、およそ60人が参列されました。
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