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2023年08月24日23:56

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北九州の旅 さらば日田彦山線添田・夜明の旅

昨日も快活クラブ小倉駅南口店の、奇しくも昨日と同じ個室204に宿泊。
画像をUPしているうちに寝落ちした。
吉野家小倉京町店で朝食。
昨日一昨日とろくなもの食べてなかったから、がっつり食いたくなった。
なので、納豆牛小鉢定食を頂く。
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ご飯おかわり無料なのが嬉しい。
小倉駅へ向かうが、まだ時間が早いので列車は来ていなかった。
ホームには小倉名物「かしわうどん」の立ち食いがあり、ちょっと食べたいとも思った。
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7時21分、添田からの始発小倉行きが到着。
折り返し7時26分発の日田彦山線添田行きになる。
キハ47の2輛編成で、割と乗って来て、座席が埋まる程度にまでなった。
次の西小倉からもそこそこ乗車して来る。
西小倉から日豊本線へと入る。
小倉の町を大きく迂回して南へと進む。
高徳線の高松みたいなものだ。
途中、JR小倉工場の通る。
モノレールをくぐり南小倉、城野へ。
6分程停車をする。
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通学の高校生がほぼ、降りてしまった。
恐らく近くにある美萩野女子高等学校の生徒だろう。
日豊本線からの列車と、日田彦山線からの列車が到着。
7時44分に発車。
城野で日豊本線と別れ、日田彦山線へと入って行く。
段々とのどかな風景に変わって行く。
日田彦山線も、他の筑豊地域の路線と同じく、平尾台・香春などから産出される石灰石や添田地区の石炭を運ぶために敷設された路線。
そして2017年の「平成29年7月 九州北部豪雨」により添田駅-夜明が被災し復旧の目処が立っていない。
結局、今年の8月28日から日田彦山線不通区間である添田-夜明に関しては日田彦山線BRTひこぼしラインとして、復旧する事となる。
BRT、所謂バス・ラピッド・トランジット。
つまり「専用走行空間の確保を基本とした、速達性、定時性、輸送能力に優れた、バス車両をベースとした高速運行の公共交通システム」の事で東日本大震災で被災した大船渡線などもBRTで復旧している。
なので今回、「JR代行バス」として日田彦山線をに乗車すべく予定に組み入れた。

日田彦山線に入り、石田を過ぎ、車庫へと入るモノレールの路線が見えると志井公園。
そして志井で小倉行きと交換。
初日に通ったばかりで、二日後に乗車しているのが何とも新鮮な心地である。
石原町でも小倉行きと交換。
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ラッシュ時なので列車が多いのだろう。
しかし、期待していた採銅所での交換はなかった。
山を下り賑やかになって来る。
小山の様な香春神社が見え、その後ろには平らに削られた香春岳一ノ岳と太平洋セメントの工場やコンベアが町を囲んでいる。
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そして香春に到着。
更に平成筑豊鉄道が合流し、石炭公園の三井田川鉱業所伊田坑第1・第2煙突と伊田竪坑櫓が見え来る。
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広い構内の田川伊田に到着。
次は田川後藤寺で、ほぼ下車してしまった。
方向幕に採銅所と表示したキハ40が停車している。
時刻表には採銅所行きの列車は存在しない。

田川後藤寺からは23年振りに乗車する。
3分ほど停車して、発車。
暫くは田川の郊外と云う雰囲気の中を走る。
割と団地などが建っているが、石炭が斜陽化してから、人口流出を防ぐ為に建てた市営住宅なのだろうか?
池尻を過ぎ、未成線に終わった油須原線が経由する筈だった豊前川崎に到着。
駅の案内に「雪舟築庭 藤江氏魚楽園」なる看板があった。
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まさか雪舟が庭園を築庭していたとは存じなかったが、こんな田舎町にと思う。
時間があれば下車して行きたい所ではあるのだが。
豊前川崎を過ぎると、段々と住宅などが減って来る。
そして、平地が狭まり山が迫る。
平地の終わりの様な町が、添田。
8時48分着。
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かつては香春から添田までを短絡する添田線が接続しており、この路線は北海道の美幸線と並び称された、赤字ローカル線の横綱級の路線だった。
添田駅の、BRTの準備は万全である。
添田から先のレールはちょん切られ、車止めが設置されている。
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駅の場所も、昔の添田駅より少し南になり、列車の向かいにBRTが停車出来る様になっている。
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日田彦山線列車代行バス日田行きは9時発。
駅からバスターミナルまでは多少の距離がある。
途中、添田駅の駅舎があった。
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藤山交通に委託したマイクロバスが「列車代行」と掲げて停車している。
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10時に発車。
日田彦山線の線路に沿って走る。
すぐに歓遊舎ひこさん。
道の駅も併設されており、賑やかに見える。
BRTになり、新しく駅も増えている様であちこちに新しい停留所が出来ている。
ただ、水害のダメージも凄まじかった様で、道路も一部、崖がえぐられている箇所があった。
英彦山の玄関にあたる彦山に到着。
戦後すぐに発生した二又トンネル爆発事故は、この辺りの出来事。
英彦山は、本格的に乗り鉄を初めた高校生の時分、時刻表で「英彦山」と云う山を見付けて「ヒデさんの山だexclamation ×2」とはしゃいでいたが。
「ひでひこやま」ではなく「ひこさん」と読むと知った時の残念さと言ったらなかった。
そう言えば新しいBRTは「BRTひこぼしライン」と云うのだから、星つながりと地名を入れて「BRTほしの 英彦山ライン」とかにして欲しかった。
次の筑前岩屋は、バスで行ける道ではないからか、国道を大きく小石原方面へ迂回する。
途中、泉利美窯など窯元が多数ある。
焼き物が盛んな土地柄なのか、その辺りは解らない。
曲がりくねった山道の国道を登って行く。
小石原庁舎前、宝珠山庁舎前を経由するから大回りでも日田彦山線より人家がある。
大行司まで降りて来ると、駅前に高木神社(宝珠山)と云う神社が鎮座していた。
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ここから細かくバスの停留所にも止まる。
今山を過ぎ、大分自動車道の高い高架が谷間の集落を越えて行く。
夜明で大分と下車した。
赤い気動車、恐らくキハ220だろうが停車していた。
バスが夜明を出て暫くすると追い抜かして行ったから、大分方面へ18きっぷで向かうには夜明乗り換えが正解だったのだろう。
10時25分、定刻より6分程早く日田に到着。
駅周辺が「進撃の巨人」に染まっている。
何があったのかは解らないが、多分、チャリで来たのだろう。
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駅舎の中も進撃されていた。
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10時30分、久大本線由布院発の久留米行きが到着。
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キハ220の単行で車内は千鳥式のセミクロスシートとなっている。
キハ71特急「ゆふいんの森」が到着。
撮り鉄をする。
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そして10時41分発、久大本線久留米行きが発車。
日田の町を抜けて光岡を出ると、山が迫って来る。
眼下に三隈川が流れる。
日田彦山線との分岐駅である夜明に到着。
ここから三隈川に沿って走る。川にはがたっぷりと水を湛えている。
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夜明ダムを眺め、名前の変わった筑後川を渡る。
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視界が拓け筑後平野を淡々と走る。
段々と人家などが目立って来る。
うきはで、日田行きと交換。
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次の筑後吉井では特急「ゆふいんの森」と交換。
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うきは市を抜け久留米市に入ると更に賑やかになって来る。
西鉄の高架を潜り鹿児島本線と九州新幹線が近付いて来る。
11時45分、久留米着。

あわただしく11時48分発鳥栖行きに乗り換える。
817系2輛編成で、座席は埋まっていたから立っている。
筑後川を渡ると佐賀県。
二駅で鳥栖、11時57分に到着。
12時3分発肥前鹿島行きに乗り換える。
此方も817系の2輛編成。
鳥栖駅中央軒で「かしわうどん」でも食べようかと思っていたが、長崎本線ホームの店は閉まっていた。
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また欠食児童になりそうだが、朝をがっつり食べたので、余り腹は空いていない。
次の新鳥栖で783系特急「みどり」と交換。
次の肥前麓で鳥栖行きと交換する。
佐賀平野をまっすぐに走る。
佐賀が近付いて来ても、町の雰囲気が変わらない。
どちらかと言えば田園風景。
高架に上がって行き、12時30分、佐賀に到着。
次の列車まで時間があるから駅の外へ出て見る。
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佐賀で下車するのなど、実に31年振り。
当時、なんとなく佐賀城に行った記憶がある。
駅前がどんなだったか全く覚えていないが、既に高架駅だったのは間違いない。
普段は佐賀は乗り換えすらしない事が多く、通過してばかり。
何となく新鮮だ。
駅周辺のスーパーや土産物屋を覗いて、唐津行きに乗車。
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キハ47の2輛編成で、「ロマンシング サ・ガ」ラッピング車輛だった。
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まだ発車まで大分あるのに、座席はほぼ埋まっている。
仕方がないから、ドア横のロングシートに陣取る。
13時36分、 唐津線唐津行きが発車した。

発車直前に乗車した、学校か何かの団体、ガキどものマナーが悪い。
引率の教師か何か知らんが注意しない。
足をバタつかせ、土足でシートに上がろうとしていても注意もしない。 ガキの足が当たったので、思わず怒鳴りつけてしまった。
久保田で長崎本線に別れを告げて唐津線に入る。
唐津線も11年振りの乗車。
佐賀平野を北へと上がって行く。
小城で県立小城高校の生徒が多数乗車して来た。
小城を出て暫く走ると佐賀平野が尽きて来る。
ゆっくりと勾配を上がって行くが、まだ土地は拓けている。
道溜池の脇を掠め中多久に到着。
ここから軽く丘を越えて多久に到着。
マナーの悪いガキどもと引率、そして学校帰りの高校生達がかなり下車した。
多久を発車すると、いよいよ笹原峠越えに挑む。
勾配を上がって行き、深い山の中を走ると思いきや木々が伐採され明るい。
その先には起伏に富んだ芝生の広場。
これはまさにゴルフ場で、自然破壊の最たるものだ。
私はゴルフをやらないから好き放題言うが、ゴルフ場など無くして仕舞えば良いと思っている。
笹原トンネルで峠を越える。
町や学校が見える。
何故ここに駅がないのか不思議な位だ。
そこから少し外れた、町の外れが厳木。
煉瓦造りの給水塔が残っている。
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蒸気機関車時代、笹原峠を前に給水したのだろう。
ホームが千鳥配置になっており、佐賀行きと交換する。
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厳木から先も、山あいの谷間を走る。
厳木川を渡り、岩屋に着く。
岩屋を過ぎると、段々と土地が広くなって行く。
厳木川に沿って走る。
田畑が続いて行く。
厳木川の本流である松浦川を渡る。
右側に伊万里から来た筑肥線の線路が現れ、複線の様になる。
そして本牟田部に到着。
筑肥線の側にはホームがなく、唐津線の列車のみ停車する。
段々と家が増えて14時37分、山本に到着。
筑肥線の伊万里行きが停車している。
車輛はキハ125系の単行。
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車内は全ての窓のカーテンが引かれており、薄暗い。
14時40分に発車する。
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先程、唐津線で停車した本牟田部を通過し、高架を登り唐津線を越えて行く。
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東松浦半島の根元を走るから、山を越える様な路線である。
一応、松浦川に沿って走っている。
佐里を過ぎて松浦川を渡る。
少し田畑が増えて駒鳴に到着。
駅前に井戸がある。
この駅は「僕達急行 A列車で行こう」のロケ地になり、11年前に乗車した際には聖地巡礼の若い女性が沢山いて面喰らったものだったのだが。
今日は人っ子一人もいない。
映画の看板も撤去されている。
元に戻っただけだと言えばその通りだが、淋しい限りである。
段々と田畑が広がり人家が目に付くようになる。
肥前長野は駅前に「堀田政太郎翁功労碑」なるものが建てられている。
この堀田政太郎とは当地、大川村が地域を挙げて鉄道を誘致した際の中心人物であり、この人の尽力により筑肥線が伸びて来た。
それを称えて、この石碑を開通翌年の昭和11年に建てたと云う。
松浦川を渡り、桃川で松浦川と離れる。
軽く丘を越えて、金石原からは伊万里川に沿って進む。
15時17分、伊万里に到着。

伊万里の駅前に、森永太一郎の像がある。
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森永の創業者で伊万里の出身と云う。
更に、カブトガニのモニュメントもあった。
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個人的にカブトガニと言えば笠岡なのだが、伊万里にもいるのだろうか?
次の列車まで時間があるから、松浦鉄道の伊万里駅まで行ってみる。
かつては松浦鉄道もJRも同じ伊万里駅だったのだが、分離され、道を挟んで別れてしまった。
松浦鉄道自体が昔は国鉄松浦線であり、博多から筑肥線を経由して乗り入れる急行列車もあったのだが。
駅に着いたら、鉄道むすめ「西浦ありさ」のヘッドマークを付けた松浦鉄道MR-600形が到着した所だった。
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撮り鉄をして、グッズを買う。
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そして、観光案内所でお土産などを物色。
伊万里焼の茶碗など、色々と見て回る。
そして「ゾンビランドサガ」聖地巡礼マップを頂く。
ついでに駅の南にあるマックスバリュ伊万里店で地域限定のラーメンなどを購入。
外に出ると、俄に黒い雲が広がって来ている。
雨が振り出す前に駅へと戻る。
松浦鉄道伊万里駅二階にある「伊万里・鍋島ギャラリー」で開催されている「鍋島・古伊万里展」を見る。
江戸時代初期の貴重な鍋島焼や古伊万里のコレクション。
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中でも、アウグスト強王ことザクセン選帝侯フリードリッヒ・アウグスト一世の旧蔵品である「色絵鳥幕桜牡丹文輪繋透皿」まで展示されていたのには驚いた。
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16時21分、唐津行きが発車。
やはり車内は学校帰りの高校生だらけだが、先程とは違って男子ばかりだからむさ苦しい。
大川野で伊万里行きと交換。
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雨がぱらついて来た。
再び唐津線を越えて山本で合流。
山本から松浦川に沿って走る。
唐津湾が近いから、川幅が広まっている。
鬼塚のホームの向こうは、たっぷりと水を湛えてた松浦川。
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一歩間違えたら、駅は水浸しになってしまう。
筑肥線が迫って来て、筑肥線にしかない和多田を通過。
河口に唐津城の復元天守が見えると漸く唐津。
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17時13分の到着。
次の西唐津行きには少し時間があるから、改札を出て土産物屋などを眺めてみる。
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呼子産の干物など興味をそそられる。
17時36分発の西唐津行きに乗車。
103系の3輛編成。
3分で西唐津に到着。
ホームは一面しかないが、多数の側線があり車輛が留置されている。
車庫への回送のおまけで、駅を授けたかの様な雰囲気もあるが、駅の開業は1898年。
西唐津に来るのは28年振り。
駅前の様子とかは覚えてはいない。
車庫があるから、入れ替えなどで列車が出入りする。
特に、DE10形ディーゼル機関車が103系を牽引して入庫したり、入れ替え専用の小型ディーゼル機関車が顔を出したりと、見ていて飽きない。
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18時を過ぎて、漸く筑前前原行きが入線して来た。
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18時8分、西唐津を発車。
唐津で高校生が多数乗車して来る。
松浦川を渡ると、広い河口の先に唐津城の復元天守が見える。
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松浦川も堀に見立て、立派な姿である。
川を渡ると東唐津。
かつて筑肥線は、唐津には行かず東唐津から直接、伊万里へと結んでいた。
博多側も直接、博多駅へ乗り入れていたのだが、1983年の地下鉄乗り入れに際して廃止になり、筑肥線も唐津に乗り入れる様になった。
唐津の町を抜けて浜崎を出て暫く行くと、玉島川を渡り唐津湾に沿って走る。
塩屋神社が鎮座する高島が見える。
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その奥には神集島が見える。
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そして福岡県に入り鹿家に到着。
鹿家を過ぎると、羽島や姫島が見えて来る。
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福吉から暫く内陸部を走るが、。大入を出て、再び海辺を走る。
筑前深江の手前から内陸部に入る。
一貴山の手前の山の中腹に神社らしきものが見えた。
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赤いし、松末天満宮・松末稲荷神社だったのかも知れない。
加布里で西唐津行きの列車を待つ。
305系の快速が通過して行った。
18時55分、筑前前原に到着。
18時56分、福岡空港行きに乗り換える。
車輛は305系。
奥に停車している西唐津行きは、国鉄色復刻車だった。
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撮り鉄したが、暗いしアングルは悪いし時間はないしで散々だった。
筑前前原を出ると、大分と暗くなって来た。
姪浜から地下鉄に乗り入れ、博多に到着。

博多で、先ずは銭湯に行く。
近くに鶴亀湯と云う昔ながらの銭湯があるので一風呂浴びたくなった。
昨日一昨日はネカフェのシャワーをあわただしく浴びただけだから、ゆっくり湯船に浸かりたい。
鶴亀湯は、想像以上に昭和だった。
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番台の婆さんも、脱衣場も、鶴亀富士山のペンキ絵も。
少々温目だったが、気持ちの良い湯だった。
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博多から21時13分発久留米行き快速に乗車。
811系の8連で車内はロングシート。
帰宅ラッシュで超満員。
21時51分、久留米に到着。
21時59分発の熊本行きに乗り換える。
817系の2連。
銀水には22時30分に到着。
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ここから徒歩10分ちょっとの国道沿いに自遊空間大牟田店があるので、そこで就寝する。
38番席ニチェックイン。
晩飯は、博多で買っておいたおにぎり。
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相変わらず食事には恵まれない。
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