本日起床、午前9時40分。
本日の仕事は、次年度高二用テキストの入稿原稿作成。
朝酒は家で新聞読み。
上岡龍太郎さんの訃報。龍太郎さんとは、二十九年前、一度だけ食事に誘っていただいたことがある。一対一ではない。二十九年前というと、結婚することがきまっていた年。別れた妻は、かつて心斎橋<そごう>に入っていた服屋で働いていたことがあり、その服屋の顧客だったのが、龍太郎さんの奥様だった。それで、別れた妻と奥様が懇意の間柄だったというわけ。彼女は奥さんのことをコバちゃんと呼んでいた(龍太郎さんの本名はコバヤシ)。
で、龍太郎夫妻は、われわれの結婚式当日に出席できないので、そのかわりに食事をというお誘いだった。ちなみに、そのとき、われわれ以外に、もう一組その服屋のスタッフで結婚するカップルがいて、ダブルでのお誘い食事会だった。
場所はミナミ某所(もう店の屋号等記憶にない)。VIPルームのある店だったことをおぼえている。オレは、当日名古屋での会議があって、遅れて入店したのだが、龍太郎さんはオレの持っていたカバンを見て、「でっかい荷物持って……」と言葉をかけてくれ、ノートPCの入っていたオレのカバンをひょいと持ちあげて「重たいなあ。何入ってんねん」と言ったのをおぼえている。
二次会はカラオケ。それもそこらへんのボックスでなく、何かパーティールームのような十畳以上はあろうかという広いところだった。一軒めの店からカラオケの店まで移動するあいだ、ミナミの繁華なところを歩いて移動するわけだが、当時まだ引退していなかった龍太郎さんに、道行く人たちが握手などを求めて群がってきたのを見て、有名人はスゲーなと思ったものだ。
カラオケで、いったいオレは何を歌っただろう。自分のことや、別れた妻も含めて、その他の人々の歌の記憶はまったく残っていないけれど、龍太郎さんが小林旭の「自動車ショー歌」を歌ったことだけはっきりおぼえている。
今日の訃報では八十一歳とのこと。してみると、あのとき、龍太郎さんは五十二歳だったわけか。合掌。
■三十三年前の本日(1990/6/2/土):神戸(Z)、13:30〜。/18:30、梅田(もののし・キタモト)。
キタモトって、国文の人だったか。まったく記憶にない。名簿見てみよう。
■本日の失敗:朝、コンビニへ『産經新聞』を買いに行く際、いつものように、歩き『朝日新聞』読みを試みたが、豪雨過ぎてむりだった。やれやれ……。
■本日のウォーミングアップ落語:瀧川鯉橋「蔵前駕籠」。
■昨日のクーリングダウンチューン:吉田拓郎×THE ALFEE「ある雨の日の情景」「君に会ってからというもの僕は」。
※フジテレビNEXT『坂崎幸之助のお台場フォーク村デラックス』第1夜/2003年8月25日/studio DREAM MAKER (東京都)。
★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
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