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2023年02月16日06:51

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運命とは自分自身が決める?神が決める?いや、自分自身以外の総合的な決定の総力で決まる

HImaP&Σ 創始者 渡部学 わたなべまなぶ
2023/02/16 6:04

治らずずっと気にならないくらいの痛みと気になるほどの時がある痛みが交互に発生するときがあって、比較的に日中は気にならないくらいの痛みで、夜寝てると朝方と朝にかけて気になるほどの痛みがある。

その状態が続く。

気が付いたこと、早朝に痛みと苦しさで起きる。のたうち回る痛さではなく、鈍くて些細な痛さではあるものの気になる程度。

腹部の痛みであり、位置は移植腎臓の部分と思ってたけど、胃のあたり、右の肋骨下辺りを指圧すると、痛い。

もしかしたら、膵臓? 潜伏期間と便秘とか、お腹の満潮感とかある。
体が痒いのも、もしかしたら透析そう痒症つまり二次性副甲状腺機能亢進症と思ったけど、肝臓や膵臓からくる弱りでの全身の痒みなら?

心配と不安が募る一方。

しつこく痛みが治らず、CT便秘診断した紋別市曽我クリニックの主治医。

でも、その先の未確定診断の中には膵臓の悪化。慢性膵炎や膵臓がん、膵臓の胆石腫瘍。

もしかしたら発生してる?

渡部学はよくいつ死んでもいい。今が幸せだからと言ってる。

けど、その心の真相は病気悪化などで痛みや苦しみが発生する状態になり死ぬのは嫌だ。
そういう意味では死にたいとは思わない。そうなったら死ぬけど、痛みや苦しみが発生は望んでいなかった。

望んでいるのは、ただ透析治療は必要でも、その他は健康のまま、寝てるうちに心不全でさほど苦しみも痛みもなく急に死ぬような、死に方としては最良な死に方を望んでるだけ。今が幸せだからいつ死んでもいいってのはこういう内情を加えたもの。

慢性膵炎や膵臓がん、移植腎臓が痛みの原因で取り出す必要があるとか。そういうイレギュラーな病気と痛みや苦しさが発生していく、病気になって苦痛に耐えて結果死ぬ死に方は望んでない。むしろ嫌だ。

体の内部で起きてることを阻止できない。

未知の領域行使できる人達の計略なのか?

札幌へ今月末に行く。札幌市立病院。

ここでこの痛みの本当の原因を究明したい。

究明したいと思ってるのに。もし、それが膵臓癌や慢性膵臓、肝臓障害などだったら………

苦悩とその後の人生は苦痛と辛抱の日々になる。

幸せの代償?誰かからの恨みや憎しみ?

幸せの代償や誰かからの恨みや憎しみなら。

いっそ、病気に痛めつけて最終的に死に追いやることなんてしないでほしい。

死ねばこの世にいなくなるんだから。

痛みや苦しみを与えずに、寝てるうちに苦しみも痛みもないような心不全による急死でいいじゃない。

人間ってさ。恨みや憎しみ、僻みや妬み、あらゆる悪意や反発心や敵対心で、その心理を抱いてる相手を苦しめ、痛めつけてやりたいという人間の根源的な悪心がさ。必要ないよね。

この世に居なくなったり、関わることがなかったらそれで終了。済むはずなのに。

わざわざ痛めつけて、苦しめることになるような状態を作るのか?

大勢の人々の動きや行為の結果だとしても、未知の領域行使できる有権者が仕組んでるってのは最終的に主犯格は必ずそこに結びつくわけでさ。

操る主犯格の謀の手のひらの中である。

なるようになるしかない我々、いや渡部学だけど。

なるように仕向けてる、仕向けることが出来る人達を認知してしまうと

やっぱり不服申立ては心理で出てしまい、このように文章として記事にしてしまう。

病気なんて自然のなりゆきで自然の現象であって不運なだけ。そうなる、ならないは天が決めてる不確かなもの。

なんてのはもう渡部学には通じない。

全てが人為的な結果のものだと知ってしまってる。

逆らえない権力ゆえに、ただ辛抱して我慢してのなるようにしかならないと思ってるだけ。納得して許してるわけじゃない。

強い総合力には勝てる気がしないだけ。

唯一勝てるというな防げるならそれも総合力の組織力ある有権者達の決定であると思う。

今回、もしかしたら早期発見での膵臓疾患でも、診断が見誤る状態や虚構の計略での病気発見を隠蔽されたり。

そんなことならどちらでも不幸。だが診断が見誤る状態や診断が虚構の計略なら早期発見治療のための手術発生などより、よっぽど悪い結果になるか?

移植腎臓が痛みの原因か?

心配はすれど。運命の結果を作るのは、自然現象ではない。

未知の領域行使できる人間でも人間には変わりなく

病気も人間の計略によって起きるもの。

偶然や自然な不運なんてのはない。

未知の領域行使できる人達は一度現実に起きた悲劇を無くし消せるのは事実。
タイムリープなどで。

だが、しかしながら事実確定が進んで確定してしまったのならそれはそういうことなんだ。

渡部学にも味方はいる。

でも、その味方でも防げないのなら仕方ない結果になる。

それを批判や非難はしない。ただ結果は全ての人間の計略によってしか病気はないとわかったる渡部学はその計略の首謀者には不服しかない。

肉体的に痛みも苦しみもなく、いつの日か健康なまま寝たら、安らかに死ねる方法。
そんな死に方を望みます。
幸せの生活の送る中でそれが起きたのならそれを幸運と呼ぶのかもね。
自分自身の死期と死に方では。

おわり
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