HImaP&Σ 渡部学
2023/02/02 9:18
今日の話題【幸せに感じる感度が多い人、少ない人】
これも何度も記事にしてて、その内容もう読んだ。聞き飽きたって人達がいる。
序盤から話それるけど、これを書く前に、未知の領域の話で渡部学のいつもの戯言で思い込みかもしれないけど。頭の中で話しかけてくる人達のこと、これをまた書こうとすると頭の中で【その内容何回も聞いた】って直接頭の中で話しかけてくる人、それと渡部学の感覚と動作を操り話しかけてくる人、耳が痒くなり、耳をかく仕草した。たぶん、ジェスチャーで【聞き飽きた】ってことだろう。
最近、公言した渡部学の一つ一つの自分自身の動作や反応も渡部学は誰かからのメッセージがわかるときがある。これを未知の領域のことで例えるなら手話というのか?自分自身の行動を操り言いたいことを模してくる。ジェスチャー。自分自身の行動や感覚だから立証や確証もないけど、渡部学はわかるんだ。それが別の人間のメッセージであること。思い込みに近いけどね。わかるだけ。それが訴えや願いであった場合は言う事聞いたり聞かなかったり。やっぱり自分自身もそれにばかり翻弄されたくはないっていうまだ素人な全容がわかってない人間がする無視ってのもある。
まー序盤から話は未知の領域の公言してしまった。いつもの戯言です。思い込みかもしれない自分自身でも立証や確証の持てないもの。なのに確実に信じて対応しているところが渡部学の凄いところ(笑)自分自身で言ってる自画自賛。
さて、これからやっと本題【幸せに感じる感度が多い人と少ない人】
この本題を話する前に、お金がほしくないとか、いらないとか言う話では渡部学はしない。
世の中ではお金があればあるほど幸せを確保できるものが増やせるからね。
お金はあればあるほど幸せなのは大前提です。
が、しかしながら、心や感情とは幸せってのはお金では換算できないもの。
言うなればたった0円でも幸せを得られるものが感情や心の感覚での幸せもある。
それは金額の多ければ得られるとも限らない。
そもそも物価の価値とは人間が生きてくために必要だからそのものの価値に値段をつけたもの。後付であるもの。本来は原始生活の人間だった頃は通貨や物価のような概念はない。
わたなべまなぶも金はいくらあっても損はないと思ってる人間。
だけど、最近は幸せって金の量じゃないなーって思う。
確かに妥協してると言えば、否定もできないわけだけど。幸せでないか?と聞かれれば、病気で激痛に苦しむことのない以上、今は幸せと思ってる。
わたなべまなぶはひねくれ者の考え方してて、今から言う事は本当の話であるとか、嘘であるとかそういう話ではなく、そう思って生きてるって自己の考え方の話でさ。
実際は本当のところわからないし、ちゃんと正当な真実のものかも知れない。
なんのことを言ってるかと言うと、数億円当たる宝くじの話。
わたなべまなぶは持論は、これは警察組織も黙認の国絡みの詐欺商売と個人的思い込みの話。実際には真相なんて見えてない。世の中の情報が真実であると思うほうが正しき生き方。
わたなべまなぶは、前にも記事に書いたけど、宝くじって言うのは、何も知らない無知な一般市民に夢を提供し、その夢の値段を紙に変えていく投資や形のない夢に金を投げ捨てるものとわたなべまなぶは個人で思い込んでる。
宝くじのシステムは、渡部学の思い込みでは、全日本国で販売されてる宝くじのナンバーをバラ売り、連番売りともにコンピューターのサーバー上に記録しており、売れたナンバーだけ、高額当選発表の当日の数分前に集計して、当たることのない番号を作ったあとに、偶然その番号になったかのように当選発表する。
渡部学は思い込みでそのように宝くじの実態を思ってるので、宝くじは買わない。
お金が欲しくないという意味ではない(笑)お金はあれがあるだけ欲しい人間だが、宝くじを信じてないアンチ派なだけ。
渡部学は全容や真相は知らないけどさ。この渡部学の思い込みがもしも仮に真相があたってたら?その宝くじ運営で得た日本全土の売り上げはどのように国として使われてるかなんてのはそこまで深読みしてない。
ただ宝くじでは数億円が万が一にも当たるのことはないと思い込みしてるだけの人間。
渡部学は数億円は欲しい。けど宝くじではそれを得られないだろうと感じてるだけ。だからそこに夢の買う投げ銭はしないだけ。
今日の話したかった【幸せを感じる感度の多い人、少ない人】
に関係するのかな?(笑)
渡部学は今が幸せだ。それは嘘でもない紛れもない事実の心理であって思考。
だからかも知れない。
お金がいらないとか少なくても生きていけるとかの話をしたいわけではない。
渡部学はお金がいくらあっても困ることはないと思ってる。思い込み?いやそういう世の中だ。
でも、しかしながら、幸せってさ、贅を尽くしたものでなければ得られないものではない。
例えるなら物価って世の中の人々をそもそももう豊かにしてる。当たり前になって気づけてない。
でも、人の慣れと欲望ってのは怖い、あとお金持ちが贅を尽くしたものしか満足を得られないとか、そういう間違った人の固定概念や見栄や理想を得るための欲求ってのはあってさ。
例題を言うと、牛丼チェーン店の牛丼(すき家)の並牛丼400円で安い美味いボリュームあり。幸せ大満足と本当に幸せを感じる渡部学。
でも、大金持ちは、あんな庶民の食べ物何が美味しいのか?とかってお金の価値でしか感じてない。確かに美味い味や味覚で舌が肥えてるのかもしれない贅を尽くしたものはそれは良い食材を使うから美味いに決まってる。
その庶民的価格の牛丼を当たり前になった庶民もまたそれをもう普通に感じてる。これは渡部学も同じだ。でも企業の努力で世の中の資源の努力で、良いものをあの牛丼があの価格で食べれてる豊かさと恩恵。
渡部学も言うほど感動して幸せって噛み締めてとかではないけどさ。ここで伝えたい心のニュアンスが説明として文章に形にするのは難しい。読む人によっては全く異なる伝わり方したら渡部学の語りたい内容が歪むように感じて例題を長々書いてしまう(笑)
例えばさ。車もそう。人は経済的豊かさがあるということは生活に困ることなく優雅に生きられるからこそ金持ちを夢見るし、金持ちになりたいと思う。その願望が強いからもあるのだろう。例外はただ乗りたい車が物価が高いだけってのもあるけど。
金持ちのステータスを世の中に自分自身の価値を見せたいという願望があるから、高い車に乗るがステータスだよね。それが自分自身の価値を上げるからの心理的幸せだ。
これが悪いという話ではないよ。むしろ良いという話。お金があればそれは良いこと。
だが、透析患者で無職の障害年金暮らしの渡部学と比較する話だと、価値観がそもそも違うと、裕福層には突っぱねられそう(笑)
金持ちしか乗れない車に乗る幸せしか幸せに値にしないとか、思ってる人間も多くいる。金持ちになりたいと一心で野心を持ち、理想を追求する人生も良いと思う。
だけど疲れない?って個人的に渡部学は思う。渡部学と同じ土台で語るなって言われるとそうなんだけどさ。だって、渡部学も妥協していると言われれば嘘ではないしさ。
乗りたい車に乗りたいのはあるさ。それが偉く物価が高いものでも手に入れれるなら欲しい。
でも、ここで伝えたいのはそれがなくても幸せで生きていけるって話。
そりゃ当たり前だろって話なんだけど、それを当たり前なのに暇つぶしに語って、雑談して共感する人達と繋がりたいだけ。
渡部学なんて今なら、ダイハツミラ乗ってて、車は錆びついてる(笑)見た目が悪いし高い車でもない。
でも、歩きよりはいいし、紋別市内ぐらいしか乗らない行動範囲の渡部学ならこれでちょうどいい。
幸せなんだ。
遠出するならバスも飛行機もある。たまに遠出を車でしたいならレンタカーでもいい。
良い車をどうしても所持してたいとも思わない。
そうも感じるしそれで幸せだ。反面で妥協してる部分もあってさ。トヨタのヴェルファイアとか、シボレーのSUVのエスカレードとかさ。ベンツのジープ型のやつとか、ロールスロイスとかさ。乗りたいよ。色んな最新の車欲しい。
欲はあるのよ。でもそんなのなくたって生活には困らないし。
紋別市内走るだけにダイハツのミラがいい。目立たず普通より下でいい。走れれば行きたいところには行ける。
でも、幸せってのは人それぞれでさ。
やっぱり欲しいものはほしいよね。仕方ないのよ。それが悪いという話では何度もいうけどそういう話ではない。
でも、言いたいのは幸せってのはその部分の【こだわり】ではなく、【心理的に感じる幸せ感】でさ。
渡部学は車を一度失った。そして、今のダイハツミラが人生で二代目の愛車。一度車を失った人間にとって車はなんて素晴らしいのか。なんて思うほど田舎では車がないと不便で仕方ない。都会は無くても生きれるかもね(笑)交通手段、交通機関たくさんあるし、それこそこだわりさえ無ければ車を所持する意味もない。
渡部学の言いたいこと伝わるかな?
あっても悪いと言う事ではない、【こだわり】とは尽き果てるものではないからさ。
例題をもっと言うならさ。これわかりやすいかな?
金持ちのプライベートジェット機。
ここまでの例題出すとだいたいはなるほどって言ってくれるかな?持てるなら持ちたいのはあるけど、ここまで必要か?って話なんだよね(笑)
別に航空会社の飛行機で充分だよね(笑)なんなら、航空会社待遇のダイヤモンドクラスの飛行機席はファーストクラスで充分だ。
金持ちではないなら、もっと飛行機乗って行きたいところに行ければ多少我慢できる。行きたいところに行けるのがそもそも幸せ。
幸せってさ。金のかける量ではないからさ。自分自身の幸せの度量って違うわけでさ。納得できる幸せの度量も人それぞれ設定値なんて自由だから。
設定値を高くして幸せに感じるのはあくまで設定値高めってのもいいんだ。良いこと。
でも、上げ過ぎたら大変じゃない?(笑)
肩の力抜いてさ。もっとハードル下げて幸せにならないかい?
そう思う人達がたくさんいてさ。渡部学は観てることもよくあるんだ。ハードルを下げて納得して生きなさいって意味じゃないよ。生活の水準下げなさいってのも違う。そう伝わったら誤解だ。それは上げたら下げたくないのは人間だよ。上げたままで下げれるステータスの人はもっと軽やかに人生幸せかもね。金は不必要ではない絶対にならないけど。
上げたままでステータス下げれる人って?
例題を言うと、日本国の水準は家があり、ストーブもあり、冬は快適、夏は冷房効いた店しかない、食材に困ることもない、最低賃金でなんとか生活できる。シャワーや風呂もある。洗濯もできる、服もある。
でも、アフリカとか行っても金さえありゃそれは整えられるけど。秘境に行けばもしかしたらシャワー入れない、トイレは不衛生、寝床も野宿
そんなサバイバル状態でしばらく過ごすことになったら、楽しめて幸せな人はなかなか居ない。日本に帰ってきたら幸せだろう。
極端な例題かな?極端過ぎて伝わらない?
でも、サバイバルさえしばらく続いても楽しい幸せって強い人は生命生存的にさ。上げても下げれる人にならない?
もっとわかりやすい例題か……そしたら2万円の霜降り高級和牛シャトーブリアンしか肉はもう受け付けないって人
そんな人でも、スーパーの1000円の普通の牛肩ロースのステーキでめちゃくちゃ美味いって思える人。
上げても下げれる人。
これをもう高級霜降り牛肉しか食べないよって人と比べたら、なんか幸せと金の量の燃費効率が違うなって思うのよ。
確かに高級霜降り牛肉は美味いしさ。それしかもう食べないよ。高くても金があるし。って人が悪いわけじゃないのよ。そういう話をしたいわけじゃない。どちらかが悪くてどちらかが良いって比較した決めつけを伝えたいわけじゃない。
渡部学も大金持ちなら今の家を解体してさ、隣の家も入ってる人に立ち退き料払って2件の土地使って豪邸新築建てたいとか思うよ。まじでさ。
いい家に住んだらそこがいいと思うよ。
でも、父が建てた築45年以上の一軒家でも快適に過ごしてる。幸せ過ぎる。
無職ってのが渡部学は快適なんだ(笑)。
みんな無職で生きられるならそうだよな。
未来は人型人工知能ロボットが人の仕事を全てやるようになったら、そうなるよ。
【幸せに感じる感度が多い人、少ない人】
これはお金を使う量に関係してるのか?してないのか?こだわりや理想などたくさんある。
それが悪いとか良いとかを伝えたいわけじゃなく、このような生き方が正しいとかわけでもなく。
幸せを感じる感度多い人に自分自身がなれたほうがよりよい人生だよねって話。簡潔に言えばそれだけことをこれだけ暇つぶしに長々と話をして、何度目だろうか?同じようなことを話してるボケおじさん。これが好きでさ。戯けの記事。
皆さんは?こだわりや理想に翻弄されて幸せを感じること忘れてないかい?
こだわりや理想はハードル下げてさ。気楽に幸せに生きよう。
こだわりや理想なんてさ。人が争う理由のトップクラスの内容だからねー(笑)共存共栄とは幸せの感じる感度が多い人を増やすことにある。
啓蒙活動家
革命家モンキー・D・バード(モンキーは人間への進化説の猿人、あと酉年だから)
HImaP&Σ 創始者 渡部学より
おわり
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