まぁ、なんやかやと、粗方の書籍も出版され尽くした頃合いではあるし、後はマスコミに頭下げて聞き書きでもしたらどうか。
こうして被害者遺族の感情を安易に廃棄するのも如何なものかと思うがね。
まぁ、私は踏みつけられ謗られていた半生なので、
(また私と同類の者達が産み出された)
と感じるだけだが。
私も死ねば『過去を思い出す日』も来なくなるのだから、過去の事などどうだって構わない。
加害者達は今後も反省しようが反省しまいがのうのうと生きてのうのうと死んで行くだけだ、私と全く同じく行き着く先は同じ墓の中だ。
少なくとも、川崎大気汚染公害裁判の記録は廃棄すべきでは無い。
怨嗟はより深まるだろう。
そうして、やはり、私は山上容疑者の中に『私自身』を見い出すのだ。
誰が仕出かしても不思議はなかった、誰が仕出かしても不思議はない。
先日、川崎にて写真に収めたあの汚ならしい外壁の汚れは、車の排気ガスが原因だろう。
薬局の外壁からして、川崎の地は変わらずあんなものだ。
■連続児童殺傷、加害者の全記録廃棄=「適切でなかった」―神戸家裁
(時事通信社 - 10月20日 12:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7155367
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