早朝、利尻山神社に参拝。
7月22日(金)午前8時25分に(おすっとまり)港から稚内港へ10時5分に到着。
この電波塔等施設は 大韓航空機撃墜事件で、ロシア側

の交信を傍受したのかも知れません。自衛隊施設の他、気象台の施設もあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%9F%93%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%E6%92%83%E5%A2%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6
この事件の疑問点に、「民間機と認識した上で撃墜したのか」ということがあるが、ソ連崩壊後に行われた、撃墜した戦闘機のパイロットのゲンナジー・オシポヴィッチ中佐や地上の指揮官に対するその後のインタビューの中で、「007便が航行灯を点灯していた」ことと、「パイロットも地上も、007便を “民間機を装ったスパイ機” と認識していた」ことが明らかになった。また、アメリカ軍が撃墜後のソ連軍の地上基地同士の交信を傍受した中で、撃墜2時間後に「どうやら我々は民間機を撃墜してしまったらしい」という報告もなされていた。
これを裏付けるように、1976年に函館空港でのベレンコ中尉亡命事件でアメリカに亡命し、空軍顧問となっていたヴィクトル・ベレンコ元ソ連防空軍中尉は事件当時、アメリカ国防総省の依頼で交信を解読し「領空を侵犯すれば、民間機であろうと撃墜するのがソ連のやり方だ。ソ連の迎撃機は、最初から目標を撃墜するつもりで発進している。地上の防空指令センターは、目標が民間機かどうか分からないまま、侵入機を迎撃できなかった責任を問われるのを恐れ、パイロットにミサイルの発射を指示した」と、1997年8月の北海道新聞のインタビューで証言している。
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030185_00000
こちらは安倍元総理のお父様がお出ましです。
日本最北端の宗谷岬で休憩しました。
バスガイドさんが話しておりましたが、ここの地域では 本州のように、「北方領土は私たちの国土です。」のようなスローガンの看板等の表示はないそうです。
ロシア側を刺激しないようにとのこと。
マイナス13.5度です。
遠くに樺太が大きく見えます。
条件が良いと建物も見えるとのこと。
お昼はホテル猿払(さるふつ)で名物の帆立料理を堪能。
帆立づくしの料理でした。
その後、バスで

北海道中央部を南下して、層雲峡に到着。
ホテルは層雲峡温泉街にあり、温泉三昧でした。
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