本日起床、午前9時17分。
今日は外仕事(授業)あり。六限一コマ。上本町。これが自分に課せられた現状で唯一の外仕事(授業)である。この一コマのみ。そして、これがもしかするとこの職場において最後の最後の外仕事(授業)になるかもしれない。それは6月末か7月にはわかるだろう。
■三十三年前の本日(1989/4/15/土):Yhゼミ。14:40〜16:30。18:00旭屋、タカハシさん。
以前記したが、タカハシさんとは、土曜にいっしょにこのYhゼミでシフトに入り、そこから、仕事が終ると、天王寺・梅田・十三という三都物語の飲酒遊びに興じるのだが、この1989年はまだそのパターンじゃなかったらしい。この年は土曜にタカハシさんがYhゼミに入っていなかったようだ。
それでも、この日はタカハシさんと飲みに行くべく約束したのだろう。待ちあわせ場所が旭屋とある。なつかしい。今はもうなき梅田曾根崎の旭屋本店だ。なんとなくおぼえているが、何度かタカハシさんとはこの旭屋の三階で待ちあわせて飲みに行った。
学生のころは、「おまえは、自分のようにドロップアウトせずにちゃんと研究者になれ」と言ったタカハシさんだったが、結局、オレもドロップアウトして同業者になると、いろいろと仕事上の指南をしてくれるようになった。だから、オレは、一時期(仕事を始めて七八年くらいか)、そっくりそのまま、タカハシさんに言われたような授業をしていたことがあった。オレは人の影響を受けやすい。
ただ、この時期すでにZ方面で専任講師になるときまっていたオレに、タカハシさんは猛然と異を唱えて喧嘩のようになったことがあった。それが、もしかすると、この日だったかもしれない。わからんけど。
タカハシさんが怒ったのは、この業界で歩を進めたばかりのオレがいきなり専任などという立場になったことか(それはタカハシさんのオレに対する世渡り上手的なことへの妬みだったかもしれぬ)、また、予備校講師たる者、大学受験の仕事に一本化するべきで高校受験の仕事にまで手をそめると、中途半端な仕事になるという指導的なことだったかもしれぬ。実のところ、この後者については、業界の恩師ヤマモト先生にも、やんわりと同じ主旨の忠告をいただいたことがあった。
そんなこんなで、さすがに殴りあいまではしなかったけれど、十三の路上で座りこんで酒を飲みながら激しく言いあいをしたことがあった。さて、それがこの日だったのだろうか。
■本日の失敗:今日は寒いな。せっかくの短パン・雪駄はやめだ。やれやれ……。
□本日のウォーミングアップ落語:桂吉弥「試し酒」。
□昨夜のクーリングダウン・チューン:TAEYEON「INVU」。
★ロケンロ★Love&Peace,Osaka,ひこにゃん.Thank you.
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