昨夜は、幡生から1キロの所にあるメディアカフェポパイ 下関山の田店の57室にて宿泊。
そこで3時間ちょっと仮眠を取った。
5時過ぎにチェックアウト。
幡生駅周辺には何も無いのだが、ネットカフェ周辺にはセブンイレブンや吉野家があるのが有り難かった。
セブンイレブンでお茶とお握りを買う。
そして、駅まで歩くのだが、幡生の住宅街の入り組んだ細い道を、方々で曲がりながら行く。
辺りは真っ暗闇だから、スマホの案内がなければとても進めない。
幡生発5時44分の長門市行きを待つ。
先に山陽本線の岩国行きが到着。
続いて山陰本線の長門市行きが到着した。
車輛はキハ40の2連。
幡生を出ると、薄明るくなり、車窓が見られる位になって来た。
コンビニで買ったお握りを頬張りながら、列車に揺られる。
福江に近づくと、海が見えて来た。
静かな漁村は、日曜日の朝だからかまだ眠っている。
沖の方に大きな貨物船らしき船が見える。
吉見で、下関行きと交換。
彼方は割と混んでいる。
若い人が多かったから、下関か小倉辺りまで遊びに行くのかも知れない。
海から離れて内陸に入る。
そして、小串に到着。
ここからワンマン運転になるとの放送がある。
5分程停車する。
構内にはキハ40が何輛も留置されていた。
駅前からは海が見える。
小串を出ると、また海沿いを走る。
男島、女島が浮かんでいる。
宇賀本郷を出ると、二見夫婦岩が見えた。
山陰本線沿いの海岸は、日本海の荒波に削られ何処を取っても美しい。
小串の男島、女島が遠くに離れて行った。
長門二見で小串行きの列車と交換。
暫くは半島の付け根を走る。
滝部を出ると洋館が目に入った。
下関市立豊北歴史民俗資料館、太翔館と云うらしい。
この様な洋館が残ると云う事は、かつては栄えていたのだろう。
滝部の次が、難読駅として名高い特牛。
駅前の桜並木が美しい。
阿川を過ぎ、山を越えて粟野川を渡る。
粟野川の河口に、串山という島が河口を塞ぐように横たわっており変わった風景を見せてくれる。
そして、長門粟野に到着。
暫く海を眺めて、伊上からまた内陸へ。
畑の中を雉が歩いていた。
そして、人丸に到着。
滝部行きと交換する。
穏やかな海岸線を走り7時43分、長門市に到着。
次の53分発益田行きは、今まで乗車して来た車輛がそのまま益田行きになる。
後ろの車輛は切り離して、小串行きとなる。
なので事実上、下関発益田行きと云う感じではある。
1輛単行となった益田行きは、大分と混んでいる。
恐らく2輛目に乗っていた乗客が引っ越して来たからだろう。
長門市行きの時には全て空いていた山側の座席も全て埋まっている。
長門市を出ると、白潟湾に沿って走る。
造船所などが見える。
そして、次の長門三隅から再び山の中へと入って行く。
トンネルを抜けると、断崖の下に海が見える。
飯井は、ローマ字で書くと世界最短の駅名らしい。
駅舎のポスターに案内がある。
再びトンネルに入る。
そして、断崖と海。
三見では長門市行きの列車が停車している。
町を抜けて再び半島の付け根、山の中へと入る。
そして、指月山と萩城跡が見えて来る。
萩の町を避ける様に南へ回り玉江に到着。
そのまま橋本川に沿って南に走り、萩に到着。
ここは萩の南の外れに当たる。
萩の玄関駅は、その次の東萩になる。
かつて運転されていた優等列車も、殆どの列車が萩を通過し東萩に停車していた。
最も今や、優等列車は廃され、一日僅かな普通列車が往き来するのみ。
萩を訪れる観光客も列車来る者はほぼいないだろう。
橋本川を渡って、東萩に到着。
10分停車する。
駅舎だけは立派だが、駅員もおらずがらんとしている。
構内に、かつて観光客で賑わった、昭和時代の東萩駅の写真が掲示してあり、一層、寂しく感じた。
8時40分、特に列車交換も無く発車する。
暫く行くと、は、反射炉の脇を通る。
山、そして海の繰り返し。
木与で、目の前に野島、そして遠くに姫島樹林が見える。
宇田郷を過ぎて暫くしたら、山の裾でヤギを飼っているのが見えた。
目まぐるしく景色が変わり、カメラを構えるのも追い付かない。
飯浦海岸を眺め、衣毘須神社を過ぎると戸田小浜に到着。
列車交換で2分ほど停車する。
砂浜が広がる海岸になり、海沿いを走る。波は穏やかで、海は何処までも青い。
高津川を渡り、山口線が合流してきて益田に到着。
時間は9時54分で、幡生から4時間も同じ列車に乗車していた事になる。
10時40分発の米子行きは、向かいのホームに停車していた。
キハ126の2輛編成。
乗り継ぐ客も殆どおらずがらがらである。
特にする事も無く、土産物を眺めたりして過ごす。
そして、新山口から来たキハ187特急「スーパーおき」を撮り鉄。
「スーパーおき」に抜かれ10時40分、米子行きも発車した。
穏やかな海岸線を走り石見津田で特急「スーパーまつかぜ」と交換。
鎌手を出ると、岩場にへばりつく様に荒磯館と云う民宿が見えた。
レールウェイ・ライターの種村直樹が外周の旅で絶賛していた民宿で、何となく覚えていた。
三隅発電所が見えて来ると、岡見。
ここから三隅発電所に向けて専用線が分岐している。
益田行きのキハ120の単行と交換する。
彼方はかなり混雑していた。
折居の海岸等を眺めてらかつて寝台特急「出雲」の終着駅だった浜田に到着。
今や浜田ほどの駅でも、運賃切符は車内の運賃箱に入れる。
駅員がいてないと云う事なのだろうか。
浜田を出て、そのまま町の流れを受け、江津に到着。
かつて三江線が分岐していた駅である。
益田行きのキハ120が停車していたが、どうしても三江線を思い出してしまう。
江津を出ると、三江線の跡がまだ残ってえり、立ち入り出来ない様に封鎖されていた。
江津を出ると、発電用の風車が海岸沿いに立ち並んでいる。
何とも醜悪な風景だ。
黒松で特急「スーパーおき」の通過待ち。
2分ほど遅れて発車。
仁万で、浅利から乗車して来た煩い中国人女性グループが下車。
こんな所に何があるのかは知らない。
そして、艶やかな石見の赤瓦を葺いてる家が無くなり石州黒瓦の家が増えて来た。
段々と拓けて来て、石見銀山の町、大田市に到着。
特に交換などもなく、直ぐに発車。
したと思ったら、急制動が掛かった。
どうやら降り遅れた乗客がいたらしかった。
次の久手を過ぎると大原川の河口に名称掛戸松島が見える。
更に次の波根には、立神岩と云う奇岩がある。
キハ120と交換して、眺めようとしても駅前の住宅が邪魔で見えない。
漸く邪魔にならない位置になったら、今度は角度的に岩が見えなくなっていた。
田儀を過ぎると、出雲の日御碕が見える。
小田の駅名板が縛られていたのは、あれは何かのプレイなのだろうか。
江南の手前で、神西湖が見えて来た。
後藤総合車両所出雲支所に留置されている381系を眺めながら、西出雲に到着。
次がいよいよ出雲市。
13時22分に到着した。
朝、お握りを摘まんだだけだから、出雲市で食糧調達。
とは云え、駅弁と駅そばの業者だった黒崎が撤退したので、またまたセブンイレブンのお握り。
先に発車する特急「やくも」を撮り鉄したが、残念ながら国鉄色ではなかった。
そして、13時34分に発車。
出雲市から米子に掛けての区間は山陰本線屈指のの大動脈区間。
電化され岡山から特急「やくも」が乗り入れ、その合間に「スーパーおき」「スーパーまつかぜ」が走る。
各駅停車の運転本数も多い。
しかも路線は単線だから交換などの退避が多くスジ屋泣かせの区間である。
荘原で列車行き違いで4分停車。
益田行き普通列車と交換
駅構内に大国主命と白うさぎの像がある。
次の宍道でも3分停車。
何と、国鉄色を纏った出雲市行きの特急「やくも」が到着。
何10年振りかに再会した、国鉄特急色の「やくも」
何が来るか解らず、しかし望遠レンズに付け替えて撮り鉄しておいて良かった。
宍道から宍道湖を眺めながら松江へ。
14時16分着。
「スーパーまつかぜ」退避などで発車は14時31分。
その間にまた、お土産屋を見に行く。
ここまで来ると病気かも知れないが、お土産屋を覗くのが好きなのである。
松江を出て、宍道湖と中海を結ぶ大橋川に沿って走る。
大橋川に浮かぶ塩楯島に鎮座する手間天神社を過ぎ、東松江に到着。
出雲市行きの「やくも」が通過して行く。
揖屋を出て少ししたら「黄泉比良坂→」と云う案内があった。
噂では聞いていたが、ここだったのか。
いずれ行ってみたい。
そして、中海が車窓に広がっている。
荒島に到着。
14時53分の発車まで、4分ほど停車する。
益田行きの各駅停車と交換。
次の安来は、どじょうすくいで有名な、安来節の町。
そして尼子氏の居城、月山富田城のある町でもある。
安来を過ぎ中海の東町果てまで来ると、鳥取県に入る。
そして15時8分、終点の米子に到着。
益田を出てから4時間半もの長丁場。
実に心地好き時間であった。
次は15時59分の鳥取行き。
50分も時間があるので下車したのだが。
米子駅の駅舎新築の工事中で、土産物屋は規模を縮小して駅外で営業。
駅弁も数が少ないのかほぼ売り切れ。
そして楽しみにしていた「米吾」の大山そばは、影も形もなかった。
何も買わずにホームへ戻る。
しかし、列車に関しては、流石は鉄道の町米子。
鳥取行きを待つ間に色々てやって来る。
まずは今では貴重なDE10形液体式ディーゼル機関車。
そして381系「やくも」に、境線の鬼太郎列車。
更に観光列車「あめつち」などバリエーションに飛んでいる。
そして、やって来た鳥取行きは国鉄形気動車キハ47であった。
それにしても、米子駅は高架にもされず、構内には操車場が広がり、国鉄時代の地方駅を彷彿とさせる。
しかも、構内には国鉄色(首都圏色)のキハ40やキハ47がひしめきあっている。一日いても飽きない自信がある。
定刻の15時59分に発車。
日野川を渡り、伯耆大山で岡山へと向かう伯備線と別れる。
そして、西出雲からの電化区間にも別れを告げる。
特急「スーパーまつかぜ」と交換、そして側線にEF64形電気機関車牽引のコンテナ貨物列車が停車していた。
大山観光の入口、大山口から大山を眺めたが、雲が掛かっていて良く見えない。
ただ、山肌にまだ雪が残っているのは見えた。
大山口を出ると、久しぶりに日本海が見えて来る。
しかし、今一歩奥まった所を走るから、なかなか良い感じには撮影出来ない。
名和の町に、角田酒造の酒蔵を見付けた。
「大和鏡」と云う銘柄の酒を出しているらしい。
次の御来屋は、山陰地方で最も古い駅舎だと云う。
一度訪れてみたい。
同じ山陰本線でも、山口県から島根県、特に石見ぬかな辺りとは海岸線も随分と違う。
この辺りはかなり穏やかだ。
平地が広く、立ち並んだ家の屋根越しに海が見えたりしている。
何となく車窓を眺めていたら、由良に着いた。
コナン駅になっている。
次の下北条にもコナンの看板があった。
天神川を渡り、倉吉に到着。
17時22分の発車まで約7分停車する。
私は、コナンより倉吉の「ひなビタ」の方が良い。
しかし、倉吉も大分と駅の雰囲気が変わっていた。
7分では下まで降りてお土産を物色するのは難しいので止めておいた。
倉吉を出て、トンネルを抜けると東郷池が見えて来る。
湖畔には「中国庭園 燕趙園」と云うアミューズメントパークがある。
そして、松崎に到着。
東郷池の周囲には温泉が涌いている。
松崎温泉がそれである。
そして、松崎から東郷池の対岸に涌いているのが、かの有名な、はわい温泉である。
松崎を過ぎると、空模様があやしくなって来た。
鉛色した嫌な雲が、空を多い尽くそうとしている。
泊を出て、駅間が長くなる。
幾つものトンネルを抜けて行く。
そして青谷に到着。
青谷では4分停車する。
キハ126ジオパークラッピング車の各駅停車米子行きと交換。
トンネルを幾つか抜けて浜村温泉の玄関、浜村に到着。
浜村でも5分停車。
特急「スーパーまつかぜ」が米子目指して駆け抜けて行った。
宝木にはすぐに到着。
ここでは何と10分も停車する。
しかし、交換する列車が遅れているそうで、通過を待たずに定刻の18時9分に発車する。
宝木を出ると、水尻池の端を通過する。
近代にいちど干拓されて水田になったが、減反によってもとの池に戻された珍しい経歴を持つ。
トンネルを抜けると末恒。
ここでは、8分停車する。
米子行きの各駅停車と交換。
漸く、本命のキハ47が来てくれた。
末恒を発車して、鳥取大学前の手前で湖山池の北側を走る。
鳥取大学前では多少、乗客があった。
湖山を経て18時35分、鳥取に到着。
2時間半の旅。
時間があるので駅弁でもと思ったが、既にアベ鳥取堂は閉まっていた。
なので、取り敢えずお土産を見る。
そして、セブンイレブンで晩飯を調達する。
ホームに上がったが、遅れていた岡山行き特急「スーパーいなば」が発車する所だった。
続いて、19時7分発智頭急行線経由の上郡行きを待つ。
案内では1、2乗場と言っていたのに、入って来たら3、4乗場だった。
これは余りにも酷い。
JRは整列乗車に反対なのだろうか。
何とかボックス席に座れた。
車輛は智頭急行HOT3500。
定刻に発車し、山陰本線と別れる。
今日もろくに食べて無いから、呑み鉄を始める。
次の津ノ井で列車交換。
しかし、鳥取方面へ向かう「スーパーいなば」が遅れている。
結局、5分の遅れで発車した。
のんびりと、揺られながら呑み鉄している。
残念ながら景色は真っ暗闇だが。
鉄道車輛の、ボックスシートと云うだけで良い。
用瀬で、列車交換。
真っ暗闇だからカメラを構えてホームで待つ必要も無い。
特急「スーパーはくと」が通過して行った。
智頭から、いよいよ智頭急行線に入る。
そして、智頭でちょうど酒も無くなった。
辺りは真っ暗闇で、手持ち無沙汰になる。
智頭急行線は、今までの因美線と違い、高架とトンネルで一気に突き進む。
鳥取から智頭まで、小一時間掛かったが、智頭から上郡までも一時間強。
距離はまるで違うのに、大して時間は変わらないのだ。
智頭の次、恋山形に鉄道むすめ、宮本えりおがいた。
後は、列車に揺られるだけ。
それだけでも、良い。
大原では、智頭方面行きの各駅停車が停車していた。
平福で3分停車。
その間に智頭急行線の一日乗車券を買う。
上郡には21時4分に到着。
そして、耳を疑う案内が。
山陽本線岡山-高島で橋桁に車が接触したとかで、運転見合せ中だとか。
20時48分発の姫路行きが53分遅れで運転しているとか。
上郡の到着は21時42頃になるそうだ。
元々乗る予定だった21時21分発の姫路行きは運休。
無茶苦茶な事になっていた。
取り敢えず、50数分遅れの、上郡発20時48分発の姫路行きに乗車出来た。
最後の最後で、勘弁して欲しい。
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