久しぶりにNetKEIBAのデータベースネタを。
障害競走のハンデ戦、2008年を最後に見られなくなったが過去には
京都ジャンプS、東京オータムジャンプ(現:東京ジャンプS)、新潟ジャンプS、
小倉サマージャンプ、阪神障害Sそして東京障害特別のほか昭和57年までは
障害の特別競走(障害S、障害特別、障害特殊ハンデキャップ)の一部も
ハンデ戦で行われた。その中で過去最もハンデ差がついたレースを
ベスト5形式で紹介する。
第5位タイ:14キロ・バローネターフ&ファンドリナイロ
バローネターフ:昭和54年3月3日
2回中山5日目8R 障害ステークス ダ3550m
� �1 キリータイガー 56 中村 力男
�◆�2 クラックシロー 55 岩城 博俊
�� 3 ワホートチギ 55 池田 賀一
�ぁ�4 メジロレブン 61 栗原 洋一
�ァ�5 トキワロッキー 61 佐藤 照雄
�Α�6 オリオンシチー 56 大江原 哲
�А�7 バローネターフ 69 根本 康広(ただし出走取消^-^:)
�А�8 アミセーキ 55 津曲 浩二
�─�9 ダービースパーク 57 渡部 秀一
�� 10 タイフウオー 61 星野 忍
ファンドリナイロ:昭和54年2月25日
1回阪神2日目8R 阪神障害S(春) 芝3200m
� �1 コンカオー 55 米元 孝一
�◆�2 ニッソウブロス 55 鎌田 光也
�� 3 ホワイトカイウン 63 村本 善之
�ぁ�4 カネキナスルーラー 55 栩原 一男
�ァ�5 ランナーカチドキ 55 嘉堂 信雄
�Α�6 サンライズシチー 56 玉谷 峰男
�А�7 ファンドリナイロ 69 広松 孝司
�─�8 ランドブレイブ 55 西谷 達男
�─�9 マサタチバナ 55 佐野 清広
バローネターフのほうは中山大障害3勝を引っ提げて参戦予定だったが、
取り消しとなって出走はできなかった。しかし大事には至らずその次の
中山大障害でV4を達成した。ファンドリナイロは前年同じ69キロで制した後
中山大障害ではバローネターフの連覇を阻止しそのあと京都大障害を制するも
秋以降不調でここに挑んだが4着に終わった。ちなみに2走70キロで出走したが
ともに別定重量戦で13キロ差にとどまった。
第4位:グランドマーチス・昭和51年1月24日→17キロ差
1回京都7日目8R 障害ステークス ダ2890m
� �1 グランドマーチス 72 法理 弘
�◆�2 ネプサクラ 56 米元 孝一
�� 3 マルブツビート 57 橋口 満朗
�ぁ�4 ファンドリナイロ 55 丸山 雅夫
�ァ�5 メジロタカマツ 59 日高三代喜
�Α�6 フィールドハッピー 55 松田 博資
�Α�7 フロリダホープ 55 今岡 正
�А�8 ミスプリメラ 56 広松 孝司
�А�9 メトロオーカン 57 柴田 光陽
�� 10 ヤマニカツオー 59 小川 行雄
�� 11 リキホウシュウ 55 佐野 清広
中山大障害4連覇から最初のレースとなったが、過去最多タイの斤量で出走して
フロリダホープの3着と健闘した。
第3位:昭和40年1月17日・タカライジン→18キロ差
1回中山6日目6R 障害特別 芝2850m
� �1 キンタイム 62.5田沼 忠雄
�◆�2 フリーダム 53 津田 昭
�� 3 フォーンターフ 53 関口健太郎
�ぁ�4 タカライジン 71 長池 辰三
�ァ�5 ミスハツクモ 54 高橋 勇
ここまで京都大障害3連覇など障害戦21勝2着6回と完ぺきなレースを見せていたが、
この年初戦を迎えたが残念ながら競走中止となってしまった。
第2位:昭和40年3月28日・フジノオー→19キロ差
2回中山6日目5R 障害特別 芝2850m
� �1 フジノオー 72 中神輝一郎
�◆�2 ニシノウチ 54 若林 繁樹
�� 3 フォーンターフ 53 大崎 昭一
�ぁ�4 テンセイ 58 前田 禎
�ァ�5 ロ ン 53 長池 辰三
�Α�6 ツルミミドリ 55 鹿野 八郎
�А�7 フリーダム 53 津田 昭
このレースの前2走平地に出走して久しぶりの障害戦となったが、斤量が24キロも
一気に増加。50キロ台のほかの馬に手こずってこの時は4着に終わったが、
次走の中山大障害でそこから5キロ軽い67キロで出走して見事4連覇を達成した。
第1位:昭和31年9月23日・ダイニカツフジ→21キロ差
4回京都6日目7R 障害特別 芝2900m
� �1 キミカゼ 56 大石五十夫
�◆�2 オールマイティ 57 服部 正利
�� 3 ミスタカ 53 渡辺 栄
�ぁ�4 ブゼンリュウ 54 平川 昌吉
�ァ�5 ダイニカツフジ 74 近藤 武夫
�Α�6 タカクモ 54 沖田 秀勝
前走障害オープン戦から連闘、しかもハンデ戦ということもあって前走から
斤量が17キロ増と過酷な条件の中で2着馬に7馬身差をつけてなおかつ
レコード勝ちのおまけ付きでの圧勝だった。
このハンデ差を見て思ったのが、昔の障害戦、特に特別競走を中心に
ハンデ戦が多かったこと、さらには障害競走の当時の下限斤量の設定も
このような差があったと思われる。
(障害戦下限斤量:〜1969年まで53キロ、1970〜1999まで55キロ、
現在は3歳56キロ、4歳以上57キロ)
そして現在のように障害競走のローテーション度外視(?)で積極的に
出走したのもあるのかなと思っている。
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