mixiユーザー(id:2066908)

2022年03月11日18:03

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2011年3月11日から2022年3月11日へ

あれから今日で11年になります。
10年は一区切りになり、今までの出来事を振り返りましたが、震災時はさまざまな方々から、ご心配ご支援をいただき、今でも感謝しております。
今年も地震が発生した午後2時46分には防災無線のサイレンが鳴り、黙祷をしました。

今から10年前の3月11日に発生した東北地方太平洋地震では東北地方の太平洋沿岸地域では大被害を被りました。地域によっては海岸線から9キロ先まで津波が押し寄せて、多くの人命を奪っただけでなく、地域の人々が長年、慈しみながら積み上げて築き上げてきた地域の文化が、わずか一日で崩れ去りました。
 私が住んでいる地域も一週間の停電、2週間の断水、床上浸水等の被害がありましたが、
これでも早いほうです。他の沿岸部地域は 建物が流失し、多くの人々が津波で命を失いました。日を追う毎にテレビや新聞では報道されない、悲惨な出来事が聞こえてきました。
その後、沿岸地域には 日本だけでなく、世界中から 大勢の人々が訪れたり、たくさんの手紙、絵葉書をいただき、寄り添い励まされてきました。
まず、震災瓦礫の撤去から始まりましたが、 見渡す限りの荒れ果てた地域が、今では整備されてきました。
しかし、福島県沿岸部は 東北地方太平洋沖地震後の原発事故のために、11年過ぎた今でも、沿岸部のいくつかの町がロックダウンした状態になっているのが現状です。
原発廃炉の完全なる終息まで、相当な年月を要するのが今後の課題となります。
集団避難で、故郷を追われた福島の人々の今後と共に。
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